康熙字典解説
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【戌集中】【阜字部】陰;康熙画数 16;頁碼 1347 頁第 08。「隂」に同じ。『字彙補』の字注に見る。陰の古文には「霒」「侌」「瘖」がある。『唐韻』『集韻』『韻会』は「於今切」と注音し、『正韻』は「於禽切」と注音して、音は「音」に同じ。『説文解字』に曰く、闇なり。『釈名』に曰く、陰とは蔭なること、気内に深く蔵れて蔭す。『玉篇』に曰く、幽暗にして形なく、深奥にして測りがたきを陰と謂う。『易・坤卦』に曰く、陰美ありといえども含蔵して露わさず、以て王事に輔い、功を居するにあらず。これ地の道、妻の道、臣の道なり。『礼記・月令』に曰く、百官静かに事を処り擾すことなく、以て陰陽の変化の成す時を安んず。また『周礼・天官・内宰』に曰く、陰礼を以て六宮を教う。注に曰く、陰礼とは婦人の礼なり。また『内小臣』に曰く、王の内廷の事及び隠密の政令を掌る。また『地官・大司徒』に曰く、陰礼を以て民を教え睦ましく親しませば、則ち百姓怨みず。注に曰く、陰礼とは男女の礼を指す。また陰晴を指す。『詩・邶風』に曰く、天色陰々たり。また曰く、また陰なりまた雨なり。また『説文解字』に曰く、山の北面なり。『尚書・禹貢』に曰く、南面して華陰に至る。また『説文解字』に曰く、水の南面なり。『前漢書・地理志』に曰く、河東郡に汾陰県あり。注に曰く、介山その南面に在り。また『玉篇』に曰く、影なり。『晋書・陶侃伝』に曰く、大禹は寸陰を惜しみ、吾ら当に分陰を惜しむべし。また『正字通』に曰く、背面を陰と謂う。楊修、曹娥碑の背面の八字を解す。また『前漢書・郊祀歌』に謳いて曰く、神霊降りて、福佑四方を蔭す。注に師古曰く、神霊の蔭庇下方に遍く覆うを言うなり。また『玉篇』に曰く、暗中・黙然なり。『戦国策』に曰く、斉と秦の交わり陰に合す。また『詩・秦風』に曰く、陰靷と鋈続とを以て車馬を飾る。伝に曰く、陰は軓の前を揜うものなり。『釈名』に曰く、陰とは蔭なり。横たえて車の前に置き、以て軓を蔽う。また地名を指す。『左伝・襄公九年』に曰く、陰阪に河を渡り、鄭を侵す。また『昭公十九年』に曰く、楚の工尹赤、陰の人を下陰に移す。また『昭公二十二年』に曰く、軍を率いて陰地に駐す。『前漢書・地理志』に曰く、南陽郡に陰県あり。注に曰く、即ち『左伝』の下陰なり。また漢に陰山県二つあり。『地理志』に曰く、西河郡に陰山あり、また桂陽郡に陰山あり。また山名を指す。『史記・秦始皇本紀』に曰く、榆中より黄河に沿って東し、陰山に至る。注に徐広曰く、陰山は五原郡の北面に在り。また姓氏を指す。『広韻』に曰く、管修斉より楚に至り、陰地の大夫となり、その子孫氏を陰と為す。按ずるに、『史記』褚少孫が補える『亀策列伝』に曰く、陰兢これを救い、共に亡ぶ。索隠に曰く、陰は姓、兢は名なり。これ商代既に陰姓有りを明す。また『左伝・僖公十五年』に曰く、晋の陰飴甥秦穆公に会い、王城に盟す。注に曰く、飴甥、その食邑陰地に在り。『戦国策』に陰姫あり、疑うらくは此に出ずるならん。また『昭公二十四年』に曰く、陰不佞、温の人を率いて南侵す。疑うらくは陰もまた姓ならん。また『正字通』に曰く、男子の生殖器を陰と謂う。『史記・呂不韋列伝』に曰く、私下に生殖器巨大なる嫪毐を求めて客と為す。また『逸周書』に曰く、壇上に赤帟と鶴羽の飾りとを張る。注に曰く、陰は鶴を指す。『玉篇』に曰く、今は「隂」と書く。『五音集韻』に曰く、俗に「𨹉」と書く。『字彙』に曰く、俗に「阥」と書く。『字彙補』にも「陰」と書く。また『集韻』に「烏含切」と注音し、音「菴」に同じ。本字は「闇」にて、喪に服する時に住む陋屋を指す。『論語』に曰く、高宗諒闇に住み、三年言わず。また『集韻』『韻会』に「於禁切」と注音し、音「蔭」に同じ。『集韻』に曰く、掩埋・蔵匿なり。『礼記・祭義』に曰く、骨肉躯体地下に腐ち、終に土と化す。注に曰く、陰は依蔭の「蔭」に音同じ。また『詩・大雅』に曰く、我既に汝を庇護せしに、汝反って我を威嚇す。箋に曰く、陰は庇護の義なり。『韻会小補』に曰く、蔭は通じて「陰」と作す。また『正字通』に音「飮」あり。古医方に「淡陰」の病あり、俗に「淡飲」と書く。また葉韻に「於容切」と読み、音「雍」に同じ。『詩・豳風』に曰く、十二月氷を沖沖と鑿ち、正月氷を凌陰に蔵す。箋に曰く、凌陰とは氷窖なり。揚雄『太玄経』に曰く、太陽飛び昇り懸照し、陰気消散して万物和楽融融たり。また葉韻に「於虔切」と読み、音「煙」に同じ。『黄庭経』に曰く、上に霊台下に関元あり、左は少陽右は太陰なり。また『韻会小補』に曰く、本字は「殷」なり。浅黒色を指す。また「陰」とも書く。『詩・小雅・我馬維駰』の伝に曰く、浅黒色と白色と雑うる毛を駰と謂う。陰とは即ち浅黒色なり。陰の考証:『戦国策』に曰く、斉秦之交陰に合す。謹んで原文に従い「之處」を「之交」に改む。『詩・秦風』に曰く、陰靷鋈続。伝に曰く、陰は軓を揜うなり。謹んで原文に従い「軌」を「軓」に改む。『逸周書』に曰く、壇上に赤帟陰羽を張る。謹んで原文に従い「赤奕」を「赤帟」に改む。