康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 974 ページ)
【未集下】【肉部】肥;康煕筆画:10;頁碼:974 頁 23 行。【唐韻】【集韻】【韻会】【正韻】符非切、音「腓」に同じ。【説文解字】肉多しと釈す。字形は「肉」と「卪」より成り、会意なり。【徐鍇説】肉過多なるべからず、故に「卪」をもって戒むるを示す。【礼記・礼運】楽によりて人を安んじ楽しませども和順に至らざるは、食して肥えざるが如し。また【博雅】肥は盛大の義あり。また【広韻】肥腯(牲畜の肥え壮んなるを指す)。【蔡邕・独断】凡そ宗廟を祭るの礼、犠牲各々別名あり、豕を「腯肥」と曰う。【詩経・小雅】既に肥える牡牛あり、もって諸舅を招く。【左伝・桓公六年】犠牲は碩大肥壮なるべし。また田に肥沃・瘠薄の別あり。【尚書・禹貢】「厥田惟中中」の注に曰く:田に高低・肥沃瘠薄の別あり。九州の中ここに第五等に列す。また馬も亦た肥と称すべし。【前漢書・食貨志】官車の蓋互いに見え、堅き車に乗り、肥える馬を鞭打つ。また富饒寛裕の義あり。【易経・遯卦】上九の爻:肥遁(隠退す)。【孔穎達疏】肥は富饒寛裕の義なり。また旗の名あり。【国語・呉語】肥胡の旗を立てる。【注】肥胡は旗の名なり。また鳥の名あり。【山海経】英山に鳥あり、名づけて肥遺と曰う。また蛇の名あり。【山海経】太華山に蛇あり、名づけて肥と曰う。【注】肥と(他の虫)は皆毒虫なり。また水源初めて出でて同源自ら分かれる支流を「肥」と曰う。【爾雅・釈水】源異なれども終いに一処に帰する水流、その同源より分かれる支流を肥と曰う。【邢昺疏】謂うらくは小水流の分支終いに海に帰すること異なれども、泉源初めて出ずる時は同一水流なり、かかる支流を肥と曰うなり。また水の名あり。【詩経・衛風】我肥泉を思ふ。【孔穎達疏】肥泉は衛国の水なり。また地名あり。【前漢書・地理志】合肥。【注】九江郡に属す。応劭曰く:夏水父城の東南より出でて、此に至りて淮水と合す、故に合肥と曰う。また県名あり。【史記・高祖功臣侯者年表】肥如侯蔡寅。【注】肥如は県名にして遼西郡に属す。また諸侯国の名あり。【左伝・昭公十二年】秋八月壬午、肥を滅ぼす。【注】肥国は白狄の一支なり。また姓あり。【史記・趙世家】先に先王の貴臣肥義に問う。また人名あり。季康子名づけて肥と曰う。【左伝・哀公三年】に見えたり。また【集韻】補美切、音「秕」に同じ。義は薄し。【列子・黄帝篇】口の所向けて薄しとするところ、晋人これを貶す。【注】薄の義なり。また水名あり。「肥」の字は亦た「淝」に通ず。【詩経・衛風】我肥泉を思ふ。【陸徳明釈文】肥、或本に「淝」と作る。