康熙字典解説
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【子集上】【乙部】乙;康煕字典の画数:1;ページ番号:第 83 頁第 15 項
『唐韻』には「於筆切」、『集韻』には「亿姞切」、『韻会』および『正韻』には「益悉切」とあり、発音は「鳦」に似る。これは天干の名の一つで、東方の木行に対応する。
『爾雅・釈天』によれば、太歳が乙にある年を「旃蒙」といい、月が乙にあることを「橘」という。
『前漢書・律暦志』に「奮軋于乙」とある。
『京房易伝』では、乙は曲がる、屈折するという意味であると解されている。
また、読書の際に筆で句読点を記すことを「乙」という。『史記・東方朔伝』によれば、東方朔が初めて上書した際、皇帝は読むにつれて句読点ごとに筆で勾画し、読み終えるまでに三ヶ月を要したという。
唐代の科挙の格式においては、誤字を修正することを「塗」、脱漏した字句を補うことを「乙」といった。
『太乙数』には君基太乙、五福太乙などの名称がある。
『前漢書・芸文志』に『天乙』三篇があると記され、注釈では「天乙」は商の湯を指すとされるが、その内容は殷商時代の作ではなく、仮託されたものであるとされる。
乙は姓でもあり、漢代には南郡太守の乙世、前燕には護軍の乙逸、明代には乙瑄・乙山などの人物がいる。
『爾雅・釈魚』によれば、魚の腸を「乙」という。『礼記・内則』に「魚去乙」とあり、注釈では、魚が腐敗するのは往々にして腸から始まり、腸の形が乙の字のように曲がっているためであると説明されている。別の説では、「乙」は魚のエラ骨を指し、目の脇にあって篆書の「乙」の字に似た形状をしており、食べると喉に刺さりやすいため、取り除いてから食べるべきだとされる。
『茅亭客話』によれば、虎の脇の下には長さ約三寸で「乙」の字に似た形の威骨が二つあり、皮下に存在する。これを取り出して佩びれば、官にある者は威厳をもって衆を服せしめ、官なき者は誰からも憎まれ嫉まれることがなくなるとされる。蘇軾の詩にも「得如虎挟乙」という句がある。