氾

発音HAN,HIROGARU
五行
画数6 画

基本情報

発音 HAN,HIROGARU
五行
吉凶 なし
部首
簡体画数 5 画
繁体画数 6 画

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 603 ページ)
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【巳集上】【水部】氾;康煕筆画:6;頁碼:603 頁 14 行 『唐韻』『集韻』『韻会』に孚梵切とあり、音は「汎」に同じ。水が蔓延して溢れることを指す。『孟子』に「中国に泛滥す」とある。『前漢・武帝紀』に「黄河、濮陽において決し、十六郡を泛滥して没す」とある。また『玉篇』に広く普遍なる意とあり。『礼記・少儀』に「大いに掃くを氾と曰う」とあり。『疏』に「氾は広大の義なり。貴客至らば、主人は大いに掃くべし」とある。また『郊特牲』に「氾掃して道を除く」とあり。また「汎」に同じ。『左伝・襄公二十八年』に「慶封、氾祭す」とあり。『杜注』に「氾祭とは、祭品を遠方に散らして祀るを謂う」とあり。『正義』に曰く、『論語』に「汎愛衆」とあり。「汎」は寛博の語なれば、「氾祭」の遠く散らして祀るを知り、その敬あらざるを示すなりと。また不定を表す語ともなる。『楚辞・卜居』に「水中の鳧のごとく泛濫す」とあり。『前漢・賈誼伝』に「纜なき舟のごとく漂蕩す」とあり。また揺動する様を表す。『楚辞・招魂』に「日光に恵草微風に揺れ、叢生せる蘭草を蕩揺す」とあり。また水名なり。『水経注』に「河水、東北して定陶県を歴り、北に屈して左に氾水を合す」とあり。『前漢・高祖紀』に「漢王、氾水の北に即皇帝位す」とあり。『注』に張晏曰く、「済陰郡内に在り、其の『汎愛弘大にして潤下す』の義を取る」と。師古曰く、「『叔孫通伝』によりて定陶に即皇帝位すとあれば、此の水済陰に在りは是なり」と。音は敷剣反なり。『史記・索隠』に音「似」とするも非なり。「似」の音を読むは「汜水」にして成皋に在り。詳しくは三画の「汜」の注に見ゆ。また『揚子・方言』に「氾は低窪して水積む処なり。函谷関以東、或いは之を窪と称し、或いは氾と称す。音は汎に同じ」とあり。また『広韻』『集韻』『正韻』に符咸切とあり、音は「凡」に同じ。地名なり。『左伝・襄公二十四年』に「周王、鄭に奔り、氾に居す」とあり。『杜注』に「鄭の南氾なり」とあり。『正義』に曰く、「南氾は襄城県南に在り、東氾は滎陽中牟県南に在り」と。また『襄公二十六年』に「楚、鄭を伐ち、氾を渉りて還る」とあり。『正義』に曰く、「氾は地名にして水名に非ず。氾地に渉るの義なり」と。また国名なり。また姓なり。『広韻』に「姓は敦煌・済北の二地に出づ」とあり。皇甫謐曰く、「元は凡氏なり。秦の乱に遭い、氾水に避難し、遂に氾氏と改む」と。漢に氾勝之あり、晋に氾毓あり。また葉韻して孚绚切とし、音は「現」に同じ。『陸機・文賦』に「太羹の余味缺け、清散して凝重ならざる朱弦の音のごとし。一唱三嘆すと雖も、固に雅なれども華美足らず」とあり。字形は「⺈」に従い、「巳」に従う「汜」の字と異なる。

康熙字典現代語版

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