丰

発音HOU FU FUU BU,MIMEYOI SHIGERU
五行
吉凶
画数18 画

基本情報

発音 HOU FU FUU BU,MIMEYOI SHIGERU
五行
吉凶
部首
簡体画数 4 画
繁体画数 18 画
繁体字:

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 79 ページ)
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【子集上】【丨字部】丰。『康煕字典』の画数:18。ページ:79 ページ 8 行め。古文。『集韻』符風切、音は馮。豊茸(ほうじょう)は草が茂るさまを形容す。『説文解字』生に従い、上下通達す。『徐曰』草の生長するや、上繁ければ下必ず深根あり。毛氏曰く、凡そ邦・夆・峰・豊等の字は皆この部首に従う。また容貌の美しきを指す。『詩経・鄭風』「子の豊兮」。『六書正譌』俗に豊と書き、上一画を丿と成すは非なり。豊の古文。『唐韻』敷戎切。『集韻』『韻会』敷馮切、音は酆。『説文解字』豆の豊満なるさまを指す。一説に器の名にして、郷飲酒礼に豊侯あり、亦た廃禁ともいう。『陸佃曰く』形豆に似て稍々大なり。『海録砕事』『射礼』に「豊を西階に置く」。古え豊国の君、酒によりて国を亡ぼしたるが故に、これをもって罰酒の杯となし、下に人形を描きて戒めを示す。『儀礼・郷射礼』司射堂西に至り、弟子に命じて豊を設置せしむ。〔注〕将に輸れる者に罰酒せんとするに、豊を設置して酒杯を承くるに用いる。〔疏〕按ずるに『燕礼』に君の酒杯に豊あり、ここに酒杯を承くるの豊というは、二用の兼ねて用うるなり。また『玉篇』大なるの義。『広韻』多きの義。『易・豊卦疏』豊とは多与大を形容する称にして、充足の義あり。財物多く徳行大なるが故に豊と名づく。『書・高宗肜日』祭祀典礼には近親に過ぎ厚くすべからず。〔疏〕犠牲礼物の過多なるをいう。『楚語』「彼ら若し楚国を謀らば、恐らくは大敗あらんか」。〔注〕大なるの義。『揚子・方言』凡そ物体の大なるさまを豊と曰う。また趙魏の郊野、燕の北境において、身材高大の人を豊人と曰う。『燕記』に曰く「豊人は首部狭長なり」。杼首とはすなわち長頭の謂い。また『広韻』茂盛の義。『詩・小雅』「彼に豊草在り」。〔伝〕豊、茂盛なり。『楚語』「君主に事うる者、盛衰によりて挙動を変ぜず」。〔注〕豊は興盛、約は衰微。また厚きに相当す。『周礼・地官・大司徒』平原と低湿之地、その民肌肉豊満にして身材稍々矮し。また年穀の収穫良きを豊と曰う。『詩・周頌』「豊年黍稲多し」。『公羊伝・桓三年』「大有年とは何ぞや、すなわち大豊収の年景なり」。〔注〕五穀みなよく熟するをいう。また『博雅』雲師を豊隆と曰う。一説にすなわち雷師なり。『屈原・離騒』「我れ豊隆に命じて雲を駕せしむ」。『淮南子・天文訓』「季春三月、豊隆出ず」。〔注〕雷を指す。また豊席。『孔安国・書伝』豊とは莞草を指す。郭璞曰く「今西方の人蒲を莞と称し、もって席を為す」。鄭康成曰く「刮ぎ光したる竹席なり」。また豊本は韭菜の別名。『礼記・曲礼』「凡そ宗廟を祭祀するの礼、韭菜を豊本と曰う」。〔注〕その根茎茂盛なるがゆえ。また地名。『書・武成』「王商地より帰り、豊に至る」。〔伝〕文王の旧都は京兆鄠県に在り、すなわち今の長安県西北なり。通じて酆と書く。また水名。『詩・大雅』「豊水東流して注ぐ」。『後漢書・郡国志注』豊水は鄠県の南山豊谷に発し、北流して渭水に入る。通じて沣と書く。また県名。『前漢書・地理志』豊県、沛郡に属す。また州名。古えの太原郡、宋代に豊州を設置。また陝西、隋代に豊州を設置。また山名。豊山、滁州城南二里許に在り、上に豊楽亭あり。『欧陽修記』に見ゆ。また人名。『前漢書・古今人表』豊は帝嚳の妃にして堯を生む。〔師古曰く〕すなわち鋒なり。また姓氏。『広韻』鄭穆公の子豊の後裔。また複姓に豊将氏あり。『潜夫論』に見ゆ。また葉して敷文切、音は分。『蔡邕』「百姓安定し物産豊饒なり」。上は「綏我荊衡」と韻を協し、下は「以紀洪勲」と韻を協す。また葉して敷康切、音は芳。『韓愈・欧陽生哀辞』「朋友既に得たり、俸禄実に豊ならず。志をもって供養と為さん、いずくんぞ牛羊を須んや」。豊の考証:『説文』豆の豊満なる者なり。一説に器の名、郷飲酒に豊あり、亦た廃禁とも謂う。謹んで原文に照らし「豊」を「豊侯」に改む。

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