康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 79 ページ)
【酉集中】【豆部】豐;康熙筆画 18;頁 79。古文。【唐韻】敷戎切。【集韻】【韻会】敷馮切。音は酆。【説文】豆の充実して満ちたる様。一説に器物の名。郷飲酒礼に豊侯あり、廃禁ともいう。【陸佃云】豆に似て…【海録砕事】『射礼』に「西階に豊を置く」。古え豊国の君、酒によりて国を亡ぼしたるが故に、これを罰酒の杯とし、下に人形を描きて戒めとす。【儀礼・郷射礼】司射堂西に至り、弟子に命じて豊を設置せしむ。【注】勝たざる者に罰酒せんとするに当たり、豊を設置して杯を承くればなり。【疏】『燕礼』按ずるに、君の酒尊に豊あり。ここに杯を承くる豊というは、すなわち二用のあり。また【玉篇】大なるの義。【広韻】多きの義。【易・豊卦疏】豊とは、多きと大なるを形容する名にして、充ち足りたるの義。財多く徳大なれば、ゆえに豊という。【書・高宗肜日】祭祀の典、近親に過厚なるべからず。【疏】犠牲・幣帛多きをいう。【楚語】彼らもし楚国を謀らば、豈必ず大なる敗あるべきや。【注】大なるの義。【揚子・方言】凡そ物の大なる様を豊という。また趙・魏の郊野、燕の北辺において、凡そ大人を豊人と称す。『燕記』に曰く、豊人は長頭なり。杼首とはすなわち長頭のこと。また【広韻】茂盛の義、興盛の義。【詩・小雅】彼れ茂れる草叢に在り。【伝】豊、茂盛の義。【楚語】君に事うる者、興盛・衰敗によって挙ぐるべからず。【注】豊は興盛、約は衰敗。また厚きに同じ。【周礼・地官・大司徒】平原と低湿之地、その民は肌肉豊満にして身材矮小。また年穀の収穫良きを豊という。【詩・周頌】豊年、黍多く稲多し。【公羊伝・桓三年】大有年とは何ぞや、大いに豊穣なる年なり。【注】五穀みな大いに成熟せるをいう。また【博雅】雲師を豊隆という。一説に雷師。【屈原・離騒】余、豊隆に命じて雲に乗らしむ。【淮南子・天文訓】季春三月、豊隆出ず。【注】雷。また豊席。【孔安国・書伝】豊は莞草なり。郭璞曰く、今西方の人、蒲草を莞と称し、以て席を為す。鄭康成曰く、刮磨せる竹席。また豊本、韮の別名。【礼・曲礼】凡そ宗廟を祭るの礼、韮を豊本と称す。【注】その根茎茂盛なるが故。また地名。【書・武成】王、商自り来たりて豊に至る。【伝】文王の旧都、京兆鄠県に在り。今の長安県西北これなり。酆に通ず。また水名。【詩・大雅】豊水東流して注ぐ。【後漢書・郡国志注】豊水、鄠県南山の豊谷より出で、北流して渭水に入る。沣に通ず。また県名。【前漢書・地理志】豊県、沛郡に属す。また州名。古の太原郡、宋に豊州を置く。また陝西、隋に豊州を置く。また山名。豊山、滁州の南二里許に在り。上に豊楽亭あり。【欧陽修記】に見ゆ。また人名。【前漢書・古今人表】豊、帝嚳の妃にして堯を生む。【師古曰】すなわち鋒なり。また姓。【広韻】鄭穆公の子豊の後裔。また複姓、豊将氏あり。【潜夫論】に見ゆ。また葉音、敷文切、音分。【蔡邕・】百姓安んじ物産豊饒なり。上は「綏我荊衡」と韻を協し、下は「以紀洪勲」と韻を協す。また葉音、敷康切、音芳。【韓愈・欧陽生哀辞】朋友既に得たり、俸禄実に豊ならず。志を以て養と為さん、いずくんぞ牛羊を要せん。考証:【説文】豆の充実して満ちたる様。一説に器物の名。郷飲酒礼に豊あり、廃禁ともいう。謹んで原文に照らし、「豊」を「豊侯」に改む。