康熙字典解説
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【未集中】【聿部】肄;康煕筆画:13;頁碼:971 頁上段 10 行目。『広韻』『集韻』『韻会』羊至切、『正韻』以智切、音は易。『広韻』に「学ぶ、練習する」とあり。『左伝』文公四年に「臣以為く肄業して之に及ぶ」と見え。『礼記』檀弓に「君命、大夫と士と肄す」とあり。注に「肄は練習なり。君命あれば、大夫は士と共にその事を反覆して練習す」という。また労苦を指す。『詩経』衛風に「洸有り潰有り、既に我に肄を詒(おくる)」とあり。伝に「肄は労苦の義」という。また『小雅』に「正大夫居を離れ、莫(な)んぞ我が肄を知る」とある。また『広韻』に「嫩(わか)き枝を指す」とあり。『博雅』に「肄は木を伐採した後に再生する新枝なり」という。『詩経』周南に「彼が汝墳に遵(したが)ひ、其の条肄を伐る」とあり。伝に「肄は残餘の部分なり。伐採した後に再び生ずるものを肄という」という。『左伝』襄公二十九年に「晋は王室の衰微を憂えず、夏朝の残餘たる杞国を護る」とあり。注に「夏の肄とは即ち杞国なり。肄は残餘の義にして、斬断せられた後に復た生長せる残餘なり」という。また水名を指す。『山海経』に「肄水は臨晋の西南に発し、東南流して海に入る」とあり。注に「按ずるに即ち溱水なり。或いは肄水と書く」という。また「肆」の字と通ず。『礼記』玉藻「肆束及び帯」の注に「肆は肄と読む。肄は残餘の義なり」という。