康熙字典解説
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【未集中】【耒部】耕;康煕筆画:10;頁碼:962 頁下段 23
古文には「畊」と書く。
『唐韻』に古茎切、『韻会』に古庚切、『正韻』に古衡切とあり、音は「更」に同じ。
『説文解字』に「犁をもって土を翻す」とあり、古に井田制を行ひたるがゆゑに字形「井」に従ふ。
『易経・無妄卦』六二の爻辞に「耕さずして穫を望み、菑せずして畬を得んとす、往くに利あり」と曰ふ。
『礼記・王制』に「三年耕れば必ず一年の蓄へあり、九年耕れば必ず三年の蓄へあり」と記す。
『山海経』に「稷の孫を叔均といひ、始めて牛を用ゐて田を耕せり」と記す。
また『正字通』に「凡そ力を尽くして怠らざるは、皆これを耕と称すべし」といふ。
また他事によりて生を立て、力めて田を耕すがごとくなるをも、また耕と称す。
『揚子・法言』に「道義を耕せば道義を得、徳行を猟すれば徳行を得、これ真の穫なり。参と辰との並び居るを見ず」といふ。
『拾遺記』に「賈逵の門人来りて学ぶこと千里を遠しとせず、贈れる粟倉廩に満つ。或る人曰く、賈逵は力を以て耕すにあらず、口舌をもって書を教え以て生を立てる、これ所謂『舌耕』なり」と記す。
『任昉・薦士表』に「筆耕をもって生を保つ」といふ。
『唐書・王勃伝』に「心を以て織りて衣を得、筆耕をもって食を得」といふ。
『宋史・王韶伝』に「王韶の家極めて貧しくしながら、なお巻を手放さず。家人これを嘲って田を耕さずと曰ふ。王韶曰く、吾は目を以て『耕読』す」と記す。
また人名に用ふ。
『史記・仲尼弟子列伝』に「司馬耕、字は子牛」と記す。
また鬼の名なり。
『山海経』に「東南三百里に豊山あり、耕父と名づくる神これに居る」と記す。
『張衡・東京賦』に「耕父を清泠の水に囚ふ」といふ。【注】に「耕父は旱災をなす鬼なり」と釈す。
また鳥の名なり。
『山海経』に「西北一百里に堇里山あり、山上に鳥あり、形鵲に似て青身白喙、白眼白尾、名づけて青耕といひ、疫を禦ぐ」と記す。
また琴曲の名なり。
『張衡・思玄賦』に「曾子の耕に帰する志を美す」といふ。【注】に「『琴操』に曰く、『帰耕』は曾子の作るところなり」と釈す。