九

発音KYUU KU,KOKONOTSU
五行
吉凶
画数2 画

基本情報

発音 KYUU KU,KOKONOTSU
五行
吉凶
部首 丿
簡体画数 2 画
繁体画数 2 画

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 83 ページ)
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【子集上】【乙字部】九;康煕字典の画数:2;頁碼:第 83 頁第 19 行 【唐韻】【正韻】は「挙有切」、【集韻】【韻会】は「已有切」で、音は「久」に同じ。数を表す。 【説文解字】に「陽の変なり」とある。【易・乾・文言】に「乾元九を用うれば、天下治まる」とあり、【列子・天瑞篇】に「一変じて七となり、七変じて九となる。九変するは究むるなり」と記す。 また算術に「九九」あり。【韓詩外伝】に、斉の桓公が庭に火炬を掲げて賢者を招いたが、誰も来なかった。東野に九九の術を知る者があり、謁見して曰く、「九九は微末の技に過ぎず。しかるに君これをもて礼を以て待たまさば、まして九九に優れる者をばいかにせんや」と。【注】これ今の『九章算術』に相当す。 また【荊楚歳時記】に、民間の習俗として冬至の翌日より数え始め、九九八十一日に至りて寒の終わりを示すと記す。 また【史記・騶衍伝】に、中国の外にも赤県神州のごとき地が九つあると記す。 さらに「九」はしばしば数多きを表す。【公羊伝・僖公九年】に、葵丘の会盟において斉の桓公が威儀を誇り自慢せしとき、九国の背くありと記す。ここにおける「九」は背く者衆多なるを形容せるものにして、実に九国を指すにあらず。宋の人趙鵬飛いわく、葵丘の会盟は実には六国のみ、咸・牡丘の会盟は七国、淮地の会盟は八国にて、漢代の史書にいう「叛者九起」と同じ類いなりと。 また「陽九」という語ありて、災厄を指す。【左思・呉都賦】に「世陽九に際す」とあり。【注】陽の厄五つ、陰の厄四つ、合わせて九となす。 「九」はまた姓なり。複姓もあり。【何氏姓苑】に、岱県に「九百」を姓とし「里」を名とする者ありと記す。また秦の穆公の時、「九方阜」という者あり、またの名を「歅」といい、馬相みるに長じ、【列子】に見える。 隷書は訛誤を防ぐため、数を記す際にはしばしば「九」に代えて「玖」の字を借用す。【絳曰】に、洪容斎『五筆』にいえば、「九」を「久」と書くは、陽の数九は長久の意を表すがゆえなり。しかるに「玖」は黒き玉にして、これを「九」に借り用うるは非なりと。 また【韻会】に「渠尤切」、音「仇」に同じ。国名なり。【史記・殷本紀】の「九侯」、【注】に音「仇」とあり。 また【集韻】【正韻】に「居尤切」、音「鳩」に同じ。集まるの意なり。【論語】に「九合諸侯」あり。【荘子・天下篇】に「禹親ら橐耜を操り、以て天下の川を九雑す」と記す。【注】「九」は「糾」と読み、糾合・交錯して河流を貫通せしめ大海に注がしむるの意なり。「九」は「鳩」「糾」「勼」と通ず。

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