康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 246 ページ)
【丑集下】【夕部】夕。康煕筆画:3。ページ:246-01。『唐韻』『集韻』『韻会』『正韻』に祥易切、音は席。朝の対で、暮れを指す。『尚書・大伝』に「歳の夕・月の夕・日の夕」とあり、歳祭を歳夕と称し、月末を月夕とし、日没を日夕という。『詩・小雅』に「この夜を延ぶ」とある。また、朝の謁見を朝といい、暮れの謁見を夕という。『晋語』に「晋の平公、鶉を射て死せず、豎襄をして之を執らしむるに得ず。公怒りて之を殺さんとす。叔向之を聞き、夕に入朝して諫む」とある。また七夕を指す。『斉諧記』に「桂陽の武丁に仙術あり、弟に謂ひて曰く、七月七日の夕、織女河を渉りて暫く牽牛を訪ふべし」とある。『荊楚歳時記』に「七夕、婦女彩楼を架け、庭中に瓜菓を陳べ、七孔針を穿ちて巧を乞ふ」とあり、柳宗元に『乞巧文』がある。また官名。夕郎とは漢制にて給事黄門の職なり。また地名。『左伝・荘公十九年』に「楚の文王薨ず、鬻拳之を夕室に葬る」とある。また山名。『山海経』に渾夕山あり。また曹夕山あり。また姓。郡望は巴郡に出づ。『統譜』に見える。また傾きを指す。『呂覧』に「正坐して斜屋に在り」とあり、屋は斜なれど坐は正しきことをいう。また「昔」に通ず。『荘子・天運篇』に「終夕寝ず」とある。また葉音は爵切、音は皭。宿るに同じ。『詩・斉風』に「斉の子、夕に出づ」とあり、『陸徳明疏』に「朝に出づ」として、上の句の「鞹薄」と韻を協ふと注す。『説文解字』に「字形は月の半ば現るるなり」とあり、『徐曰』に「月」字の半を取り、月初めて生ずるは暮れて西に出づるが故に、半月を以て夕と為す、と云う。