虑

発音
五行
画数15 画

基本情報

発音
五行
吉凶 なし
部首
簡体画数 10 画
繁体画数 15 画
繁体字

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 399 ページ)
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【申集中】【虍部】慮;康熙画数 15、頁 399。『玉篇』に「房七切」とあり、憂うさまをいう。慮は、『唐韻』『集韻』『韻会』『正韻』に「良據切」とあり、音「鑢」に同じ。『説文』に「謀り思う」とあり、字形は「思」に従い、「虍」を声とする。心に図るところあるを「慮」といい、その義は「縷」(糸を一筋ずつ考えるがごとし)に同じ。『増韻』に「憂え、疑う」とあり。『書・太甲』に「思わざんや、焉んぞ獲あらん」とあり。註に「慎んで思うべしと冀うなり」という。『大学』に「安じて而る後に能く慮る」とあり。朱註に「事を処するに精しく詳らかなるを謂う」という。また估量し揣度するの義あり。『揚子・太経』に「準を立てて慮る」とあり。註に「督は正すの義、慮は揣度の義。正しい準をもって運ぶ」という。また総計するを「亡慮」という。『前漢・書註』に「概括の詞にして、細かに計算し考慮せずとも大略を知るべしという意なり」という。また軍の前行に所持する旗を「慮無」という。『左伝・宣公十二年』に「前鋒警戒して意外に備う」とあり。註に「起こり得べき事および未だ起こらざる事を考慮す」という。『正義』に「未だ起こらざる事を慮り、人をして知らしめ備えさせむことを明す」という。また『釈名』に「慮は旅のごとし。旅は衆多の義なり」という。『易・繋辞』に「道は一に帰すれども、慮は百種あり」とあり。註に「慮は衆多の事に渉りて一に致すを求む」という。また姓なり。『左伝』に南蒯の臣に慮癸という者あり。また『広韻』に「力居切」、『集韻』『韻会』『正韻』に「凌如切」とあり、音「閭」に同じ。『正韻』に「思う」という。『淮南子・原道訓』に「安然として雑念なく、淡泊にして憂いなし。天を以て車蓋とし、地を以て車輿とす」という。また木の名なり。『爾雅・釈木』に「諸慮は山櫐(藤本の一種)なり」という。また地名あり。隆慮は河内郡にあり、無慮は遼東郡にあり、取慮は臨淮郡にあり、且慮は遼西郡にあり、昌慮は海東にあり。隆は音「林」、取は音「趣」、且は音「苴」と読む。また『古今字考』に「両挙切」、音「呂」に同じとあり。『箕山歌』に「日月運行して照臨し、見られず記されざることなし。天地の間を遨遊放達す、何をか憂い避くべきや」という。また『正字通』に「盧谷切」、音「録」に同じとあり。『唐書・百官志』に「大理寺は審判定案を掌り、凡そ繋囚は五日ごとに案情を复核す」とあり。『前漢・雋不疑伝』に「属県を巡視する毎に、必ず囚人の案巻を复核して還る」とあり。師古註に「録囚は今『慮囚』と称す。元は『録』字の去声なるのみ。近世の俗人その義を解せず、誤って思慮の『慮』と解す。これ本源を失えるなり」という。按ずるに、顔師古の言は文字に通ずるがごとく見えて、実は音韻に通ぜず。音韻に通ぜざれば、すなわち文字の本源に通ずるといえぬ。およそ一字本来四声を具う。例えば「慮」字は平声より韻を起こし、「閭」「呂」「慮」「録」あり。しかば「閭」は「慮」の平声、「呂」は「慮」の上声、「録」は「慮」の入声なり。「慮」の本義は謀り思うことなれども、兼ねて詳細に審察するの義あり。ゆえに『漢書』の「録囚」すなわち「慮囚」なり。「慮」字本来入声を具え、「録」の読みあり。豈に必ず去声に専属して始めて文字の本源を得るといえんや。また葉韻に「郎古切」、音「魯」に同じ。『楚辞・九章』に「唯美人懐抱異なり、芳椒を折って独り居す。屢々嘆じて声哀傷しく、孤独に隠れて深く思い憂う」とあり。按ずるに、この字本来「思」に従う。『説文』および『玉篇』はいずれも「思」部に帰す。『字彙』はこれを「心」部に併合して査考に便ならしむ。【考証】『大学』に「安じて而る後に能く慮る」とあり。朱註「事を処するに精しく詳かなるを謂う」。謹んで原文に照らし「謂う處事精詳」と改む。

康熙字典現代語版

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