【卯集上】【心部】愍;康煕筆画:13;頁碼:394 頁 19 行
古文献に曰く。【唐韻】眉殞切、【集韻】【韻会】美陨切、音「閔」に同じ。【説文解字】に「痛なり」と釈す。字形は「心」に従い、「敃」声なり。【広韻】に「悲しみ、憐れみ」と釈す。【増韻】に「恤れみ、傷む」と釈す。【左伝・昭公元年】に「吾、二子を代えて愍ず」とあり。また【諡法】に「国に憂患あるを愍と曰い、国に艱難あるを愍と曰い、禍乱方にあるを愍と曰い、民を傷ましむるを愍と曰う」とあり。また【集韻】に「或いは緡と作る」とあり。また「閔」に通ず。【春秋】に見える魯の閔公は、【史記】【漢書】には「愍」と作る。また略して「

」とも作る。【後漢書・蓋寛饒伝】に「寛饒を傷み、忠直にして国を憂う」とあり。また【集韻】に「忙覲切、音『悶』に近く、強きなり」とあり。【鄭康成曰く】「民、作労を愍まず」。また【集韻】に「敷文切、音『芬』、心乱るるなり」とあり。【正字通】に「趙宦光、『愍』は『閔』と通用せずと為すは、あまりに拘泥せり」という。