康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 485 ページ)
【卯集下】【无字部】无;康熙筆画:12;頁碼:485 頁第 23 行
古文。【唐韻】武夫切、音巫。【説文】に「亡なり」とあり。奇字にして「无」に通ず。王育の説に、「天の西北を屈するを无と為す」という。【易・乾卦】に「无咎」とあり。【釈文】に「无は音無」とあり、【易】の内は皆この字を作す。【芸苑雄黄】に「无はまた亡に作る」とあり。古は皆「亡」「无」を用い、秦の時始めて蕃橆の「橆」を以て有無の「无」と為す。【詩】【書】【春秋】【礼記】【論語】は本た「无」の字を用い、篆を変ずる者これを「无」に変ず。惟だ【易】【周礼】は尽く「无」を用う。然るに【論語】の「亡而為有」「我独亡」等の諸「无」の字は、蓋し隷に変ずる時、存亡の「亡」に誤読して改めざるなり。又【広韻】莫胡切、音模。「南无」は【釈典】に出づ。无の古文。【唐韻】武扶切。【広韻】武夫切。【集韻】【韻会】【正韻】微夫切、音巫。【説文】に「亡なり」とあり。【玉篇】に「有らざるなり」とあり。【書・舜典】に「剛にして虐なく、簡にして傲らず」とあり。又【益稷】に「懋めて有無を遷らし居を化せ」とあり。又【爾雅・釈詁】に「虚無の間なり」とあり。注に「虚無は皆間隙有り」という。【老子・道徳経】に「万物は有より生じ、有は無より生ず」とあり。【周子・太極図説】に「極なき而して太極あり」とあり。又【礼・三年問】に「易なる道の無し」とあり。注に「无は猶お不のごとし」という。又県名。【前漢・地理志】に越巂郡会无県あり。又姓。【正字通】に漢の无且明、无能あり。又【広韻】に漢の復姓に无庸・无钩あり、倶に楚に出ず。又文无は薬名。【古今注】に「別れるに相い文无を贈る」とあり。文无は一名当归という。又【説文】奇字に「无」を作る。【玉篇】に「虚無なり」とあり。【周易】の无字は倶に「无」に作る。又【集韻】に或いは「亡」に作る。【詩・衛風】に「何ぞ有り何ぞ亡き」とあり。又「毋」に通ず。【書】に「无逸」とあり。【史記・魯世家】は「毋逸」に作る。又「毛」に通ず。【後漢書・馮衍伝】に「飢うる者は毛食す」とあり。注に「衍集に毛は無に作る。今俗语猶お然り。或いは古も亦通ずるか」という。【佩觿集】に「河朔は無を謂いて毛と曰う」とあり。【通雅】に「江楚・広東は無を呼んで毛と曰う」とあり。又【集韻】に或いは「武」に作る。按ずるに【礼器】に「詔侑武方」とあり。注に「武当に無と為すべきは声の誤なり」という。鄭の注に明らかに其の誤を言う。【集韻】は無と武とを一に合す。非なり。又【集韻】に无或いは「橆」に作る。【韻会】に、本は古文の蕃字なり。篆借りて有無の字と為す。李斯隷に変じて林を四点に変ず。按ずるに【説文】、亡に従い声無し、亡部に在り。蕃橆の橆に至っては林部に在り。音義各々別にして相通ずと云わず。且有無と蕃橆とは義尤も相反し、借用すべからず。【玉篇】【集韻】【韻会】倶に非なり。【韻会】に蕃橆を蕃に作るは尤も非なり。又按ずるに【読書通】に云く、「勿・莫・末・没・蔑・微・不・曼・瞀等の字に通ず。或いは止むに義通ずるのみ、或いは止むに音近きのみ、実に一字に非ず」という。【読書通】誤れり。又梵言に「南无」は那謨と呼ぶ。那は拏の上声のごとく、謨の音は摩のごとし。猶お帰依すと云うがごとし。