康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 599 ページ)
【辰集下】【気部】気;康煕筆画:10;頁碼:599 頁 03 行
『唐韻』は去既切、『集韻』は丘既切で、音は「炁」に同じ。
『説文解字』に「雲気なり」とあり、象形である。一説に呼吸の息ともいう。あるいは「氣」「炁」とも書く。また、人に財物を授けるの意もあり、今では「乞」と書く。
また『玉篇』は去乙切、『広韻』は去訖切、『集韻』『類篇』は欺訖切で、音は「乞」に同じ。
『博雅』に「求むるなり」とあり、一説に「取る」の意ともいう。あるいは画を省いて「乞」とも書く。
『徐官・古今印史』に曰く、「気」の字は小篆において本来「気」と書いた。「氣」は火の変化したもので、起こるときは必ず上に燃え上がるゆえ、字形は炎の上がる様にかたどる。すべて求乞する者は必ず上に(祈りを)向けるゆえ、借りて求乞の「乞」の字とする。「気」と「乞」は本来同一字なり。後世の隷書・楷書において両字混淆しやすきため、一画を省きて之を区別せり。
また『六書正譌』に曰く、「気」の字、俗体は「氣」を用いるが、それは稟受の気たる「氣」なり。雲気は必ず「気」を用うべし。按ずるに、天地人物の気雖々異なれども、「気」と「氣」の字義は実として相同じ。強いて区分すれば拘泥に陥る。『正譌』の説は非なり。
「氣」の古文、『唐韻』は去既切、『集韻』『韻会』『類篇』は丘既切で、音は「気」に同じ。
『玉篇』に「息なり、呼吸なり」とある。
『文子・守弱篇』に曰く、形は生の舎なり。気は生の本なり。
『易・乾卦』に曰く、同気の相求める。
『繋辞』に曰く、精気は物に凝る。
『礼記・月令』に曰く、孟春の月、天氣下降し、地気上騰す。
また『祭義』に曰く、気は精神の盛んなる者なり。
『注』に曰く、気とは呼吸出入の息を指す。
また、天氣を元気という。
『後漢書・明帝紀』に曰く、霊台に登りて元気を望む。
『注』に曰く、元気とは即ち天氣なり。
また、陰陽を二気という。
『太極図説』に曰く、陰陽二気感じ交わりて万物を生ず。
また五気あり。
『史記・五帝本紀』に曰く、炎帝徳を修め、師を整え、五気を治む。
『注』に王粛曰く、五気とは五方の気なり。
また『尚書・洪範』「雨・暘・燠・寒・風と曰う」の注に曰く、雨は木気、暘は金気、燠は火気、寒は水気、風は土気、これを五気という。
また『素問』に曰く、寒・熱・風・燥・湿は五気の聚りなり。寒は水を生じ、熱は火を生じ、風は木を生じ、燥は金を生じ、湿は土を生ず。
また六気あり。
『左伝・昭公元年』に曰く、六気とは陰・陽・風・雨・晦・明なり。
また『荘子・逍遥遊』に曰く、天地の正に乗りて、六気の変を御す。
『注』に曰く、朝は朝霞、昼は正陽、日入は飛泉、夜半は沆瀣、これに天地玄黄の気を加えて六気と為す。
『王逸・楚辞注』に『陵陽子明経』を引きて曰く、春には朝霞を食すは、日の出づらんとする時の黄気なり。秋には淪陰を食すは、日没後の赤黄気なり。冬には沆瀣を食すは、北方夜半の気なり。夏には正陽を食すは、南方正午の気なり。これに天地玄黄の気を加えて六気と為す。
また一年に二十四気あり。
『内経』に曰く、五日を一候とし、三候を一気と為す。
『尚書正義』に曰く、二十八宿四方に布列し、天に従って運転し、以て節気の次序を排ぶ。節気とは、一年三百六十五日余りを十二箇月に分け、二十四気あり。一は節気にして月初に在り、一は中気にして月中に在り。那些順次現れる宿を以て、その月の節気を排ぶ。
また暦家に候気の方法あり。
『司馬彪・続漢書』に曰く、候気の方法は、三重の室を構え、塗飾周密にし、橘色の帷を室内に懸け、木を以て案を作り、各律ごとに一つを置き、内低く外高くし、其の方位に従い、律管をその上に置く。葦膜を焼いて灰となし、律管の内端に置く。暦法に従いて之を観る。気の感ずる所、其の灰は散開し、人と風の吹く所、其の灰は聚まる。
また雲気を望む方法あり。
『周礼・春官』に曰く、保章氏五雲の物を以て吉凶・水旱の災変の徴を辨ず。
『注』に曰く、日傍の雲気の色を観るに、青は虫災、白は喪事、赤は兵荒、黒は水災、黄は豊年なり。
『史記・天官書』に曰く、雲気獣の形にして上に在る者は勝つ。
また曰く、日傍の雲気は君を象る。
また曰く、金玉財宝の上には皆気あり、仔細に観ざるべからず。海辺の蜃気は楼臺の如く、広野の気は宮殿を成す。然れども雲気は各自其の所の山川人民の聚まる状況を象り、精華充実して盛んなれば吉、空虚耗損すれば凶なり。
『邵諤・望気経』に曰く、郁郁蒼蒼、隠隠隆隆は吉祥の気なり。綿綿絞絞、条条片片は兵戦の気なり。沢沢焰々は女子の気なり。蔓の樹に掛かるが如きは宝物の気なり。紫色の雲気楼閣の如きは玉器の気なり。
また道家に食気の方法あり。
『参同契』に曰く、気を服して腸胃を鳴らし、正気を吐いて邪気を吸う。
また、鼻にて物を嗅ぐことも亦「気」という。
『礼記・少儀』に曰く、尊者のために飲食を取るに、鼻をもって之を嗅ぐべからず。
『疏』に曰く、尊者のために飲食を取るに、鼻をもって之を嗅ぐべからず。
また『唐韻』『集韻』は許既切。「餼」と通ず。
『説文解字』に「客に饋る刍粟なり」とあり、『春秋伝』「斉人来たりて諸侯に気す」の句を引く。
また葉韻は去訖切、音「乞」。
『成公綏・嘯賦』に曰く、声は器に仮らず、用は物に借らず。近く身に取って、心を運らして気を御す。
また葉韻は丘謁切、音「朅」。
『嵆康・寒食散賦』に曰く、上吐下泻して困苦禍患に遭うときや、危を守りて苟も気を保つ。哺乳して安を得るを喜び、諸病の日々に歇ゆるを信ず。