基本情報
五行
水
吉凶
なし
繁体字畝
異体字畂,畆,畒,畞,畮
命名の意味
康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 761 ページ)
【午集上】【田部】畝;康煕筆画:10;頁 761。古文。『唐韻』莫厚切、『集韻』『韻会』莫后切、謀の上声。『司馬法』に「六尺を歩とし、歩百を畝とす」とあり。秦の孝公の制に「二百四十歩を畝とす」。宋の程頤曰く、「古は百畝、今の四十畝に止まる。今の百畝は、古の二百五十畝に当たる」。『書・盤庚』に「農惰けて自ら安んじ、昏くして労を作さず、田畝に服せず」とある。『詩・小雅』に「南東その畝」とあり。『朱注』に「畝は壟なり」という。また丘の名。『爾雅・釈地』に「畝のごときを畝丘とす」。注に「丘に壟界あり、田畝のごとし」とある。『釈名』に「畝丘とは、丘体満ちて一畝の地なるものなり」という。『詩・小雅』に「楊園の道、猗にして畝丘にあり」とあり。伝に「畝丘は丘の名なり」という。また地名。『左伝・桓公二年』に「晋侯の夫人姜氏、条の役にて太子を生み、之を仇と名づく。その弟は千畝の戦いにて生れ、之を成師と名づく」とあり。注に「西河界休県の南に地あり、名づけて千畝とす」という。また『韻補』に「莫補切に叶い、模の上声」とあり。『班固・西都賦』に「士は旧徳の名氏を食み、農は先疇の畎畝に服す。商は族世の鬻ぐ所に循い、工は高曾の規矩を用ゆ」とある。また「満彼切に叶い、眉の上声」とあり。『詩・豳風』に「彼が南畝に饁し、田畯至って喜ぶ」とあり。『屈原・離騒』に「余既に蘭の九畹を滋やし、又蕙の百畝を樹つ。畦に留夷と掲車を植え、杜衡と芳芷を雑う」とある。『説文』に「本は畮と作る」という。考証:『左伝・桓公二年』の「晋侯の夫人姜氏、条の役にて太子を生み、之を仇と名づく」について、原文に照らし「名づく」を「命づく」に改む。『班固・西都賦』の「農は先疇の畝に服す」について、原文に照らし「畝」を「畎畝」に改む。