康熙字典解説
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【午集上】【田部】畝;康煕筆画:10;頁碼:761 頁 14 行
古文【唐韻】莫厚切【集韻】【韻会】莫后切、謀の上声を読む。『司馬法』に曰く、六尺を一歩とし、百歩を一畝とす。秦の孝公の時、二百四十歩を一畝と定む。宋の理学家程頤曰く、古の百畝は今の四十畝に相当し、今の百畝は古の二百五十畝に相当すと。【書・盤庚】惰農自安、丕憚作労、不服田畝。【詩・小雅】南東其畝。【朱注】畝は田の畦を指す。
また丘の名なり。【爾雅・釈地】如畝者を畝丘と曰う。【注】丘に畝のごとき界あり、田の如し。【釈名】畝丘とは、丘の形が一畝の地に満つるを謂う。【詩・小雅】楊園への道、逶迤として畝丘に至る。【伝】畝丘は丘の名なり。
また地名なり。【左伝・桓公二年】晋侯の夫人姜氏、条の役にて太子を生み、之を仇と命ず。その弟は千畝の戦いに生れ、之を成師と命ず。【注】西河郡界休県の南に千畝という地あり。
また【韻補】葉音して莫補切、模の上声を読む。【班固・西都賦】士は世禄を享け、農は先畎を耕し、商は世業を営み、工は高曽の規を用ゆ。
また葉音して満彼切、眉の上声を読む。【詩・豳風】饁彼南畝、田畯至喜。【屈原・離騒】余既に九畹の蘭を樹て、又百畝の蕙を滋す。畦留夷と掲車とを雑え、杜衡と芳芷とを間つ。【説文解字】本は「畮」と作る。
考証:【左伝・桓公二年】晋侯の夫人姜氏、条の役にて太子を生み、之を仇と命ず。謹んで原文に従い「名之」を「命之」に改む。【班固・西都賦】農は先畎を耕す。謹んで原文に従い「畝」を「畎」に改む。