番

発音BAN HAN,TSUGAI TSUGAU TSUGAERU
五行
吉凶
画数12 画

基本情報

発音 BAN HAN,TSUGAI TSUGAU TSUGAERU
五行
吉凶
部首
簡体画数 12 画
繁体画数 12 画

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 763 ページ)
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【午集上】【田部】番;康熙筆画:12;頁碼:763 頁 05 行 古文に曰く:『広韻』は附袁切と注音し、『集韻』は符袁切と注音す。音「煩」に同じ。『説文解字』に曰く:獣の足を番と謂う。字形は「釆」に従い、「田」はその足掌を象る。別に「蹯」と作るものあり。 また『広韻』『集韻』『韻会』は孚袁切と注音し、『正韻』は孚艱切と注音す。音「翻」に同じ。回次・輪替・更迭の義なり。『前漢・武帝紀』に曰く:賢良之士、東番に宿直して輪番す。 また山名なり。『山海経』に曰く:番条山、草木無く、沙多し。 また『集韻』は蒲波切と注音し、『正韻』は蒲禾切と注音す。音「婆」に同じ。鄱陽豫章県を指す。『史記・伍子胥伝』に曰く:闔閭、太子夫差をして兵を率いて楚を攻めしめ、番の地を奪わしむ。〔註〕索隠に曰く:蓋し鄱陽なるべし。 また番吾を指す。趙国の地名なり。『戦国策』に曰く:秦軍、河を渡り、漳水を越えて番吾を占拠せば、則ち戦必ず邯鄲の城下に起こらん。『釈文』に曰く:番、音「婆」。また音「蒲」。また音「盤」。『括地志』に曰く:蒲吾は、昔の東垣にして、今の真定府平山県なり。即ち漢代の番吾なり。番はまさに「蒲」と読むべし。 また姓なり。『史記・河渠書』に曰く:河東郡守番係。〔註〕番、音「婆」。また音「潘」。『詩経・小雅』に曰く:番維司徒。番は姓なり。『前漢・高帝紀』に曰く:旧衡山王呉芮、その二子一姪を率い、百越の軍を指揮して諸侯を助け暴秦を討ち、大功を立てたり。諸侯これを立てて王となすも、項羽その地を侵奪し、これを番君と称す。『釈文』に曰く:番、蒲何反と読む。『正字通』に『姓譜』を引きて曰く:潘姓は周の文王の子畢公の後裔にして、潘地に食邑したるが故に、潘を氏とす。判の平声に読む。番姓は呉芮が番君に封ぜられ、その旁支の子孫これにより番を氏とす。音「婆」に読む。『字彙』は番姓をも潘と注音す。これ潘・番の二姓の音を混同せるものなり。誤り也。 また『広韻』は普官切と注音し、『集韻』『韻会』は鋪官切と注音す。音「潘」に同じ。番禺を指す。南海郡の地名なり。『史記・貨殖伝』に曰く:番禺もまた其一の都会なり。珠璣・犀角・玳瑁・果実・布帛の集散地なり。左思『蜀都賦』に曰く:蒟醤の美味、番禺の郷に流布す。『釈文』に曰く:番、音「潘」。〔註〕西北方の牂牁江、広さ数里、番禺城下を流る。 また『広韻』は薄官切と注音し、『集韻』は蒲官切と注音す。音「槃」に同じ。番和を指す。県名なり。張掖郡に在り。『前漢・地理志』に見える。 また『後漢・来歙伝』に曰く:来歙、番須・回中より間道を取り、直ちに略陽に至る。〔註〕番、音「盤」。番須・回中は地名なり。 また『広韻』は博禾切と注音し、『集韻』『韻会』は逋禾切と注音し、『正韻』は補禾切と注音す。音「波」に同じ。『爾雅・釈訓』に曰く:番番、武勇の貌なり。『書・秦誓』に曰く:武勇なる良士。〔伝〕に曰く:武勇番番たる良士。『詩・大雅』に曰く:申伯番番。〔伝〕に曰く:番番、武勇の貌なり。 また『広韻』『集韻』は補過切と注音す。音「播」に同じ。獣の足を指す。 また『集韻』は孚萬切と注音し、『韻会』は甫患切と注音す。音「販」に同じ。音「翻」の時の義と同じ。杜甫の詩に曰く:必ず上番(輪値を指す)して成竹を看护すべし。独孤及の詩に曰く:旧日の白髪一番新たに、別離の芳草両回春す。 また『集韻』は普半切と注音す。音「判」に同じ。県名なり。上谷郡に在り。本来また「潘」と作る。 また『史記・扁鵲倉公伝』に曰く:脈を切るに番陰脈を得たり。番陰脈虚里に入り、肺脈と相合す。〔註〕番、芳遠反と読む。

康熙字典現代語版

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