邓

発音dèng
五行
吉凶
画数19 画

基本情報

発音 dèng
五行
吉凶
部首
簡体画数 4 画
繁体画数 19 画
繁体字:

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 1277 ページ)
康熙字典の原典を見る(第 1277 ページ)
【補遺】【酉集】【邑部】鄧。康煕筆画 19、頁 1277。『捜真玉鏡』に「山」と読むとあり、地名なり。鄧は、『唐韻』に「徒亘切」、『集韻』『韻会』『正韻』に「唐亘切」とあり、音「蹬」に同じ。『説文解字』に曰く、曼姓の諸侯国なり。『春秋・桓公七年』に「鄧侯吾離来朝す」と記す。『疏』に釈して曰く、鄧国は南方に在り、衡岳の地に属すと。また魯の地を指す。『春秋・隠公十年』に「春、斉侯・鄭伯、鄧に盟ず」と記す。『注』に曰く、鄧は魯の地なりと。また蔡の地を指す。『春秋・桓公二年』に「蔡侯・鄭伯、鄧に会す」と記す。『注』に曰く、潁川召陵県の西南に鄧城ありと。『疏』に釈して曰く、賈逵・服虔は鄧を国と為し、『釈例』は此处を蔡の地とし、かの鄧国は義陽鄧県を指すとなす。鄧は小国にして蔡より遠く、蔡・鄭は楚を畏れて此の会盟を行えり。反って楚に近き小国と結ぶべからず。故に知る、此处は鄧国を指さざるなりと。また州名を指す。本は秦の南陽郡なり。隋、南陽県を置き、改めて鄧州と名づく。また姓と為す。『姓考』に曰く、殷の武丁、叔父を河北に封じて鄧侯と為し、後これを以て氏と為すと。鄧の考証:『春秋・桓公十年』に「鄧侯離吾来朝す」と記す。謹んで按ずるに、原文は十年を七年に改め、離吾を吾離に改むべし。

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