康熙字典解説
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【寅集下】【弋字部】弋;康熙筆画:3;頁碼:頁 355 第 01【唐韻】与職切【集韻】【韻会】逸職切、音翊。【玉篇】縄を付けた矢で射ること。【韻会】弋とは、縄を付けた矢で飛鳥を射ることをいう。【周礼・夏官・司弓矢】矰矢・茀矢は弋射に用いる。【冬官・考工記】弓人が弓を作るに、往体多く来体少なきを夾庾の属と謂い、侯を射るおよび弋に利あり。【詩・鄭風】鳧と雁とを弋す。【疏】弋とは縄を矢に繋げて射るを謂う。【列子・湯問篇】蒲且子の弋や、弱弓に繊繳を用い、風に乗じてこれを振るえば、双鸧を青雲の際に連ねたり。【注】蒲且子は、古く弋射を善くした者なり。また左弋は官名なり。【前漢・百官表】少府の属に左弋あり。太初元年、改めて佽飛と名づけ、弋射を掌る。また【韻会】弋は取るなり。【書・多士】我が小国、敢えて殷命を弋せず。【注】弋は取るなり。【疏】弋は射るなり。射て之を取るが故に、弋を取るという。また【玉篇】橛なり。物を掛くる所以なり。【爾雅・釈宮】鶏弋に栖むを榤と為す。【疏】弋は橜なり。【玉篇】一に杙と作る。また【釈宮】樴を杙と謂う。【注】橜なり。また黒色なり。【前漢・文帝紀賛】身に弋綾を着す。【注】如淳曰く、弋は皁なり。師古曰く、弋は黒色なり。また水名なり。【隋書・地理志】鄱陽郡弋陽県、旧に葛陽と曰い、弋水あり。また県名なり。【後漢・郡国志】北地郡弋居県。また国名なり。【前漢・湯伝】南に月氏・山離・烏弋を排す。【注】山離・烏弋は中国を去ること二万里。【揚雄・長楊賦】南山に登り烏弋を瞰る。また【後漢・西域伝】栗弋は国にして康居に属し、名馬・蒲萄酒を出だし、特に有名なり。また無弋は羌部の名なり。【後漢・西羌伝】羌の無弋爰剣なる者は、秦厲公の時、秦に拘執せられて奴隷と為され、後に亡げて帰る。羌人は奴を無弋と為し、爰剣嘗て奴隷たりしが故に、因りて之を名づく。また姓なり。【姓苑】河東に出ず。今蒲州に弋氏あり。【詩・鄘風】孟弋の美なるかな。【注】弋は姓なり。またと通ず。【韻会】は婦官なり。弋に通作す。漢に鉤弋夫人あり。【前漢・外戚伝】孝武鉤弋趙倢伃。武帝巡狩して河間を過ぎ、使を遣わして之を召す。既至、女両手皆拳す。上自ら之を披けば、手即時に伸ぶ。号して拳夫人と曰い、鉤弋宮に居す。