康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 1296 ページ)
【戌集上】【金部】釗;康煕筆画 10、頁 1296。『唐韻』止遥切、『集韻』『韻会』『正韻』之遥切、音は招。『説文』に「削刻」とある。また『揚子・方言』に「遠」とあり、燕の北郊を釗と称す。また『説文注』に鄭樵の説として「釗は弩機とする者あり」といい、また姓ともなる。『正字通』に「明に釗剣佩という者あり、三河の人」と見える。また『爾雅・釈詁』に「釗は勉むるの義」とあり、『揚子・方言』に「釗は勉め督促するの意あり。秦晋の間はこれを釗と称し、函谷関以東、周・鄭の間は勉釗と称す」とある。また『広韻』に「見る」と見え、『汲冢周書』に「我が周王に覲見す」とある。また『広韻』古堯切、『集韻』堅堯切、音は澆にして義同じ。また周の康王の名なり。『史記・三代世表』に「康王釗」とあり、注に索隠曰く「克堯反に読む」、また音は昭とも読む。また『集韻』荘交切、音某(欠字)にして、周の康王の名なり。『書・顧命釈文』に徐邈かく読むとある。