康熙字典解説
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【辰集下】【欠部】欽;康煕筆画:12;頁 568
古代文献による記載:『広韻』は去金切と注音し、『集韻』『韻会』『正韻』は祛音切と注音して、音は「衾」に似る。『説文解字』は「口を開いて息を吐くさま」と釈す。別の説に「恭敬の意」とある。『書経・堯典』に「欽明文思安安」の句あり。また『太甲』に「欽厥止」とある。さらに『正字通』によれば、現今、皇帝の命令を「欽勅」といい、皇帝が派遣する使者を「欽命」といい、俗称して「欽差」というのは、いずれも恭敬の意を取るものである。また「欽欽」は、思念し望むの意を表す。『詩経・秦風』に「憂心欽欽」とあり、『毛伝』は「思念し望むとき、心中に憂思やまず」と釈す。また鐘声のリズムあるさまを形容す。『詩経・小雅』に「鼓鐘欽欽」とある。また諡号にも用いる。『汲塚周書』に「儀容厳粛にして周全なるを欽という」と記す。また州名なり、また江名なり。『韻会』に「梁の安州を隋に欽州と改め、欽江に因って名づく」とあり。『広輿記』に「広東廉州府に属す。州内に欽江あり、竜門江あり」と記す。また山名なり。『山海経』に「欽山は金玉多くして石なし、師水ここに出ず」とあり。また地名に欽口あり。『前漢書・地理志』に「魏郡武安県の欽口山は白渠水の出づるところなり」と記す。また鳥名に「欽欽原」あり、いずれも『山海経』に記載される。また姓なり。『何氏姓苑』に「呉地の人なり」とあり。宋代に欽徳載あり、自ら寿巌老人と号す。また去声に読む。意は押さえること。『李翊・俗呼小録』に「押さえるを欽という」とあり、「欽」は去声に読む。『王琚・射経』に「体をわずかに屈めて押さえ、的を注視す」とあり、また「弓を引き矢を放つには、体を外側に向けて弓の握りを押し、明らかに目標を狙うべし」と記す。また『集韻』は魚音切と注音し、音は「唫」に似る。「吟」と同じく、呻吟の意なり。『山海経』に「剛山に神多く、その声欽のごとし」とあり。郭璞の註に「欽もまた吟の仮借の音なり」と釈す。按ずるに、『漢書・地理志』に「内なる恭敬を恭といい、外なる恭敬を欽という」とあり。また鄭康成いわく、「事を恭しくし、用度を節約するを欽という」と。そもそも「欽」は内心と外表を兼ね指すもので、専ら外表のみを指すにあらず。たとえ事を恭しくし用度を節約すといえども、なお「欽」の義を尽くすにあらず。ゆえに正式の釈には列せず、ここに付記する。