康熙字典解説
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【卯集上】【戈部】戈。康煕筆画:4。頁碼:411 頁 01 行。『唐韻』『集韻』『韻会』『正韻』に「古禾切」とあり、音は「鍋」に同じ。『説文解字』によれば、平頭の戟をいう。徐鍇の説に、「戟の小枝を上に向けたものを戟といい、これを横にしたものを戈という」。また一説に、戟の偏旁たる部分を戈という。『礼記・曲礼』に、「戈を進ずるには、柄を前にし、刃を後にすべし」。『正義』に、「戈は鉤ある戟なり。戟のごとく刃を横に附すれども、首は上に向かず、もっぱら鉤して殺すに用いる。直刃は長さ八寸、横刃は六寸、刃の下柄に連なる部分(内)は四寸、幅二寸にして、人を鉤し傷うるに用いる」とある。『周礼・冬官考工記』に、「戈の柄は長さ六尺六寸」とあり、また「戈の幅は二寸、内(柄に連なる部分)は幅の二倍、胡(戈頭の下方に伸びる鉤状の部分)は三倍、援(戈の直刃部分)は四倍なり」という。注に、「内とは胡より内にして柄に連なる部分をいい、胡とは戈頭の下方に伸びる鉤状の部分をいい、援とは直刃をいう」とある。『釈名』に、「戈とは過ぐの意なり。これをもって刺せば貫き、鉤すれば制し、敵をして過ぐるを得ざらしむ」という。『尚書・牧誓』に、「汝らの戈を挙げよ」とあり、注に、「戈は短兵なり。人これを持ちて挙ぐるがゆえに称(挙ぐ)という」とある。また『典略』に、「周に孤父の作った戈あり」と記す。また国名にして、宋と鄭の間にある。寒浞の子豷を戈に封じ、後に少康により滅ぼされた。また姓なり。『史記』に、「夏の後裔に戈氏あり。宋に戈彦、明に戈鎬あり」という。また武職に司戈あり、官階は従八品にして、唐の天授年間に設置せられた。字形は「弋」に従い、一画を加えたものにして、象形文字なり。