【丑集上】【土部】垣;康熙筆画:9;頁碼:228 頁 20 行目
古文。【唐韻】雨元切。【集韻】【韻会】于元切。音は袁。低い壁を垣といい、高い壁を墉という。【釈名】援なり。人々の頼みとする障蔽にして、援助・防衛に用いるものなり。【詩経・大雅】大師維れ垣。【左伝・襄公三十一年】子産、賓館の垣をことごとく毀ちて、車馬を受け入れしむ。
また星宿に上・中・下の三垣あり。【史記・天官書】上垣たる太微宮の垣に星十あり。東垣の北上は上相にして、名づけて左掖門とす。西垣の北上は上将にして、名づけて右掖門とす。【唐書・権徳輿伝】左右の掖垣、天子の誥命を承く。中垣たる紫微宮の垣に星十五あり。左右の掖、太微垣と同じ。【湘山野録】宋の太祖、未だ顕達せざる時、趙普と共に飲酒し、席の左に坐す。趙普怒って曰く、「紫微垣の小星、上位に居るべけんや」と。之を叱して、帝の右に坐せしむ。下垣たる天市宮の垣に星二十二あり。【癸辛雑識】揚州の分野、正しく天市垣に応ず。故に其の人、多く市を好む。
また古邑の名。【一統志】垣とは、周・召の陝を分ちて治むるの地なり。宋、改めて垣曲と名づく。
また東垣、秦代の県名。【史記・高帝紀】代国の相陳豨反す。皇帝自ら征討す。陳豨の部将、東垣を以て降る。因りて名を改めて真定とす。
また玉の名。【駢雅】嬰垣は美玉なり。【山海経】羭次の山、其の南に嬰垣の玉多し。
また姓。漢に西河太守の垣恭あり。
また【集韻】胡官切。音は桓。義同じ。亦た

と書く。
また【易林】聚まりて議し紛々として言う所は、我が垣に如かず。歓喜して堅固なれば、長く安んずべし。按ずるに、言・垣は本より元韻に属す。安字は音「鴛」を押すべし。『正字通』垣を改めて音延とし、安を音煙とせば、則ち「言」字誤って先韻に入る。
また葉して夷然切。音は延。【劉楨・徐幹に贈る詩】誰か謂う、我ら相距る遠しと、此の西掖垣を隔つると。清規戒律に拘束制限せられ、内心の情、表すべからず。