康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 217 ページ)
【丑集上】【囗部】園;康煕筆画:13;頁 217【唐韻】羽元切【集韻】于元切、音は袁。【説文】果樹を植うる所なり。【初学記】藩あるを園と曰う。【易・賁卦】丘園に賁す、束帛戔戔たり。【詩・鄭風】将た仲子よ、我が園を踰ゆるなかれ。【註】園とは圃の樊にして、其の内には树木すべし。又【周礼・地官・載師】場圃をもって園地に任ず。【註】圃とは果蓏の類を種うる所なり。季秋、其の中に場を為す。樊圃を園と謂い、任ずる者は是に正を取るなり。又【同前】園廛は二十に一。【註】廛は穀なく、園は利少なし、故に僅かに二十にして一を税す。又歴代の帝王の陵寝を園と曰う。漢の制、園陵に令あり、文帝の陵を文園と為す。【司馬相如伝】文園令と為す。又【唐書・李晟伝】臣既に宮禁を粛清し、祇謁して寝園に詣ず。又桃園、地名なり。【前漢・地理志】全鳩里、其の西を桃園と名づく、即ち古の桃林なり。【潘岳・西征賦】牛を休むるの故林を問い、桃園に名を徴するに感ず。又祇園。【梵書】須達多長者、精舎を建て、仏に住まうことを請う、凡そ千二百区、之を祇樹園と謂う。又東園公、商山四皓の一なり。按ずるに史に其の姓名を失えり、『字彙』園公を姓と為すは非なり。又叶して于羣切、音は熅。【蘇軾・韓琦を祭る文】意広く才疎なり、将に丘園に帰らんとす。公此の邦を治め、歿して其の民を食む。考証:【周礼・地官・充人】場圃をもって園地に任ず。謹んで原文に照らし、充人を改めて載師とす。【梵書】須達多長者、精舎を建て、仏に住まうことを請う、凡そ十二百区。謹んで文義に按じ、十を千に改む。