【午集中】【目部】眼;康煕筆画:11;頁碼:807 頁 11 行
古代文献による記載:『唐韻』は五限切と注音し、『集韻』『韻会』『正韻』は語限切と注音して、「顔」の上声と読む。『説文解字』は「目」と釈す。『霊枢経・大惑論』に曰く、五臓六腑の精気は皆上に注いで目となり、視る機能を成す。精気の聚まる巣窟を眼と謂う。骨の精気が瞳子となり、筋の精気が黒眼となり、気の精気が白眼となる。故に瞳子・黒眼は陰に法り、白眼・血絡は陽に法る。『釈名』は「限」と釈し、瞳子が眼匡の中に拘束されるを意味す。『易経・説卦』に曰く、巽は人については白眼多きを表す。『史記・孔子世家』は孔子の目を遠く羊群を望むがごとく高遠なりと形容す。『晋書・阮籍伝』に阮籍が青眼・白眼を作能えたりと記す。『南史・陶弘景伝』に曰く、仙書に目を方とする者は千歳を保つとあり。陶弘景晩年に一眼睛に時に方となることあり。また馬に夜眼あり。『本草綱目』に曰く、馬の夜眼は膝上に在り、夜眼ある馬は夜に行くを得。また果名あり。『嵇含・草木状』に曰く、南方の果にして珍奇なるものに竜眼あり。また香名あり。『洪芻香譜』に白眼は黄熟香の別名なりと記す。また彪眼泉は地名にして、『北史・常景伝』に見ゆ。また姓あり。『姓苑』に見ゆ。また『集韻』『韻会』『正韻』は魚懇切と注音して、「垠」の上声と読む。『周礼・冬官考工記・輪人』に曰く、その轂を見て、隆起して見えるを欲す。〔注〕「眼」は隆起する貌と釈す。一説に突出する貌とも。是れ鄭康成の読みなり。また葉韻して五建切と読み、「言」の去声に音近し。『謝霊運・斤竹詩』に曰く、石を践みて飛泉を酌み、林を攀じて巻葉を採る。山阿の人を想えば、彷彿として薜荔女蘿を被れるが眼前に見ゆるがごとし。また葉韻して伊甸切と読み、「宴」に音近し。『蘇轍・雪詩』に曰く、ついに山谿の霧障に長く目を薫灼せらるるに勝り、衣を質にして子と共にこの高雅なる詩酒の宴に赴く。『説文解字』は元来「

」と作る。