吴

発音GO,KURE KURERU
五行
吉凶
画数7 画

基本情報

発音 GO,KURE KURERU
五行
吉凶
部首
簡体画数 7 画
繁体画数 7 画
繁体字:
異体字:

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 179 ページ)
康熙字典の原典を見る(第 179 ページ)
【丑集上】【口部】呉;康熙筆画:7;頁碼:179 頁 07 行 これは「呉」の俗字である。『呉志・薛綜伝』に「口なければ天、口あれば呉」とあり、『正字通』はこれを字形を借りて作った戯言であって、「呉」の本義ではないと指摘する。『正韻』は「呉」の注釈にも「呉」と書くとするが、これは誤りである。 「呉」の古文については、『唐韻』は「午胡切」、「集韻」「韻会」「正韻」は「訛胡切」と注音し、音は「吾」に同じ。 意義は以下の通り。 1. 国名。『史記・呉太伯世家』に「太伯、荊蛮に奔り、自ら句呉と号す」とあり、注に宋衷曰く「句呉は太伯の初め居たる地名なり」。『前漢書・地理志』に「会稽郡は秦の置きところにして、漢高祖六年に荊国と改め、十二年に呉と改名す」と記す。 2. また県名。『前漢書・地理志』に会稽郡下に呉県ありと記す。 3. 『説文解字』は郡名とする。『後漢書・郡国志』に「呉郡は漢順帝の時、会稽郡を分けて置く」とあり、『韻会』は呉郡・呉興・丹陽を合わせて「三呉」と称すといい、『正字通』は『水経注』が呉興・呉郡・会稽を「三呉」とし、『指掌図』は蘇州・常州・湖州を「三呉」として説を異にすると記す。 4. 『斉語』に「西に服し沙西呉」とあり、注に雍州の地を指すと解す。 5. 「天呉」は水神の名。『郭璞・山海経賛』に「八首十尾、人面虎身。二河に盤踞し、威もて摂せざることなし」と描写す。 6. 『説文解字』は姓とする。『広韻』に「太伯の後裔にして、国名を以て姓とす」とある。 7. 『方言』に「大」の意あり。『説文解字』は「大声を出す」と解す。『詩・周頌』に「呉せず敖せず」とあり、伝に「呉は譁なり」と釈す。『魯頌』に「呉せず揚せず」とあり、『説文注』に「大声を出すゆえ、人が頭を傾け口を大きく開けて声を出す形に象る」という。今『詩経』を書写する者、「呉」を「㕦」に改め、かつ「乎化切」と注音するは、その誤り甚だしい。『釈文』に「呉」の字、旧読は本音なり。何承天曰く「字形は口の下に大を加うるゆえ、魚類のうち口の大ききを㕦といい、胡化反と注音す」といえども、この音は恐らく世俗を驚かさん。按ずるに、『説文解字』および『釈文』ともに「呉」を「㕦」と書いて読むとするは非なり。しかるに『玉篇』『広韻』『集韻』『類篇』『韻会』等の書において、「呉」の字には去声の読みなきも、『正韻』のみ「祃」韻(すなわち去声)に収め、朱熹の『詩集伝』も去声に読む。いずれが是なるや知らず、考証に備えて録す。 8. 『集韻』にまた「元俱切」と注音し、音は「愚」に同じ。「虞」の古字は「呉」と書く。詳注は「虍」部七画に見ゆ。『釈名』に「呉はすなわち虞なり。太伯王位を譲りて就かず、ここに帰りて封を受け、その心志を安楽ならしむ(虞は娱に通ず)」と解す。 9. また「娱」の字と通ず。『詩・周頌』「呉せず敖せず」。疏に『正義』曰く「人自ら娱ぶときは必ず歓譁して声を出すがゆえ、娱を以て譁を釈す」。定本(『詩経』の一版本)には「娱」を「呉」と作る。

💡 康熙字典現代語版

扫码使用更多功能

康熙字典小程序

康熙字典小程序