康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 1490 ページ)
【亥集中】【鳥部】鵑。康煕字典の画数:18、掲載頁:1490。『広韻』に古懸切、『集韻』『韻会』に圭懸切、『正韻』に圭淵切とあり、音は「涓」に同じ。杜鵑は鳥の名。『玉篇』には甄鵑と作る。顔師古曰く、鷤(音は提)、また買(音は迈)ともいい、また子規ともいい、また杜鵑ともいう。李時珍曰く、杜鵑は蜀地(今の四川一帯)に産し、形は雀鷹に似て、羽色は深く黒く、嘴は赤く、頭に小冠あり。春末より鳴き始め、夜明けまで啼く。鳴くときは必ず北に向かい、夏に至ればいよいよ頻繁に昼夜絶えず啼き、その声哀しく凄切なり。農家その声を聞けば、すなわち農事に着手す。もっぱら害虫を食らい、自ら巣を作らず、他の鳥の巣に宿って卵を産む。『埤雅』に曰く、杜鵑の啼きは悲しく苦しく、血を吐いてやまず、また怨鳥ともいう。夜明けまで啼き、苦しみの極みには頭を下にして枝に懸かる。『異物志』に曰く、杜鵑はまた巂周(音は規周)ともいい、その声は「謝豹」と言うがごとし。『寰宇記』に曰く、蜀王杜宇は望帝と号し、鱉霊を宰相に任じた。後に位を譲りて去り、子規の鳥と化せり。『華陽国志』に曰く、杜宇が帝たりし時、水災に遇い、その宰相開明が玉塁山を鑿ちて水患を除けり。望帝これにより政事を彼に託し、自ら西山に隠れり。時にまさに二月にして子規鳴く。ゆえに蜀人はその声を聞くごとに悲しみ望帝を思ふ。別に一種の花あり、これもまた杜鵑という。『花木考』に曰く、この花はまた山石榴・山躑躅・映山紅ともいう。その他の関連する解釈は、「鴂」「鷤」「鷶」等の字の注釈を参看すべし。「巂」の字は原刻本には「隹」に従い「冏」に従うと作る。また「雋」と作るものもあり。「」の字は原刻本には「嶣」に従い「鳥」に従うと作る。考証:『玉篇』には「盤鵑」と作る。今謹んで原文に拠り「盤鵑」を「甄鵑」に改む。