康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 173 ページ)
【丑集上】【口部】右。康煕筆画:5。頁碼:173 頁 05 行。『唐韻』于救切、『集韻』『韻会』尤救切、『正韻』爰救切。音は峟。祐・佑に通ず。『説文』に「助く」とあり。『爾雅・釈詁』に「右は導く、勴(たす)く、亮(あきら)かなるなり」とある。『書・益稷』に「予、民を左右せんと欲す」。注に「左は佐と読む」とある。『太甲』に「惟だ尹の躬、能く厥の辟を左右して師に宅(お)かしむ」。『詩・大雅』に「保ち右(たす)けて命ずる、燮(わ)きて大商を伐つ」。また左の対なり。『書・禹貢』に「右の碣石を夾んで河に入る」。『礼・少儀』に「幣を賛するは左より、辞を詔するは右より」。注に「立つ者は右を尊ぶ」とある。また上なり。『前漢・公孫弘伝』に「成を守りて上文に当たり、遭遇して右武す」。注に師古曰く「右もまた上なり」。また『循吏伝』に「文翁、以て右職と為す」。注に師古曰く「右職とは県中の高職なり」。また強し。『後漢・明帝紀』に「豪右をして其の利を固くすることを得しむる勿れ」。また官名。『周礼・夏官』に「司右、群右の政令を掌る」。注に「群右とは戎右・斉右・道右なり」。また姓。『正字通』に「漢に右公弼、宋に右嘉祥、明に右岩あり」。また『広韻』に漢の複姓五氏あり。『左伝』に楽大心右師と為り、其の後官に因りて氏とす。漢に中郎右師譚あり。晋に賈華右行と為り、官に因りて氏とす。漢に御史中丞右行綽あり。何氏の『姓苑』に右閭・右扈・右南等の氏あり。また山名・獣名。『山海経』に「長右の山に獣あり、状禺の如くして四耳、其名を長右と曰う」。また侑に通ず。『周礼・春官・大祝』に「享右して祭祀す」。注に「右は侑と読む。勧むるなり」とある。また『広韻』『集韻』『韻会』『正韻』に云久切、音有。義同じ。按ずるに『集韻』に去声・上声の二音ありて、義実に相通ず。『正韻』は上声にて左右の手を訓じ、去声にて右助を訓ず。二音を分けて二義とすは非なり。また以周切に叶い、音由。『詩・周頌』に「我將き我享ぐ、維れ羊維れ牛、維れ天其れ之を右(たす)けん」。按ずるに『唐韻』の正音は以なり。今朱注に従う。また羽軌切に叶い、音以。『詩・衛風』に「泉源左に在り、淇水右に在り。女子行くる有り、遠く父母兄弟を離る」。弟は満彼反に叶う。『秦風』に「溯徊して之に従えば、道阻みて且つ右し。溯遊して之に従えば、宛も水中の沚に在るが如し」。『宋玉・笛賦』に「隆崛万丈、盤石双起。丹水其の左に涌き、醴泉其の右に流る」。按ずるに『唐韻』正に云う「右の古音は以なり」。歴に経伝子集を引きて之を証せば、是れ直ちに以と読むべく、止だ葉音のみにあらず。また于記切に叶い、音異。『詩・小雅』に「我が嘉宾有り、中心之を喜ぶ。鐘鼓既に設け、一朝之を右(たす)く」。喜は去声に叶う。また演女切に叶い、音与。『陸雲・陸丞相誄』に「乃ち中軍に干(あずか)り、入りて内輔と作す。公侯陟降、帝の左右に在り」。『説文』に本作りと作し、口より又に従う。徐鍇曰く「言もって左するに足らざれば、復た手もって之を助く」。考証:また于記切に叶い、音意。謹んで按ずるに、于は喻母に属し、意は影母に属す。于記切は意字の音に非ず。謹んで字母により音意を改めて音異とす。