馗

発音KI,HOOBONE MICHI KAKURERU
五行
吉凶
画数11 画

基本情報

発音 KI,HOOBONE MICHI KAKURERU
五行
吉凶
部首
簡体画数 11 画
繁体画数 11 画

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 1428 ページ)
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【戌集下】【首字部】馗;康熙筆画:11;頁碼:1428 頁 03 行目。『集韻』に「渠亀切、音は逵」とあり。『正字通』に「頯・頄と同じ。頬骨なり」という。また『集韻』に「逵と同じ」とあり。『説文』に「九達する道なり。亀の背に似たるが故に之を馗と謂う。高きなり、故に首に従う」という。『六書故』に「『爾雅』に九達を逵と謂う。亦た借りて馗と作す」とあり。『字彙』に「古者、塗(道)は方にして九軌なり、故に九と首とに従う。一道を一条と為す。また菌の名なり」という。『爾雅・釈草』に「中馗、菌なり」とあり。注に「地蕈なり、傘蓋に像る。江東では土菌と呼び、また厨とも呼ぶ」という。疏に「大なるを中馗と称し、小なるを菌と称す」という。また鍾馗は人名なり。『正字通』に「鍾馗と名づく者一ならず。宋朝の宮中に旧蔵せる呉道子の画ける鍾馗の像あり。巻首に唐人の題記して曰く、『唐明皇の開元年間、驪山に武事を講じ、宮に還りて後、帝大鬼の小鬼を制するを夢む。呉道子に命じて之を描かしむ』と。熙寧五年、帝画工に命じて模拓せしめ、版に刻みて両府の輔政の大臣に各一本を賜う。この年除夕、内供奉官梁楷を遣わして東西両府に詣り鍾馗の像を賜う』と。唐代逸史に載する所によれば、『唐明皇藍袍を着たる鬼を夢む。曰く、「我は終南山の進士鍾馗なり。陛下のために天下の虚耗の妖孽を除かん」と。詔して呉道子に描かしめ、両府に賜う』というも、その説詳ならざるなり。後漢に李鍾馗あり。隋将に喬鍾馗・楊鍾馗あり。『北史』に堯暄は本名鍾馗、字は辟邪とあり。胡応麟『筆叢』に言う、「六朝の時既に鍾馗あり。後人附会して為に伝を作れり。『北史』及び唐人張鍾馗のごとき、名づくる者みな鬼神を以て名と為す」。これらの説によりて観れば、鍾馗の名は開元の時に始まるにあらず。また椎も亦た鍾馗と謂う。『周礼・冬官考工記』の注に「斉人は椎を終葵と謂う。葵と馗は声相近し、即ち鍾馗なり」という。また夔と同じ。『広成子伝』に「蚩尤空を飛び奔走す。馗牛の皮を以て鼓を作り、九たび敲けば乃ち之を止む。蚩尤復た飛び去る能わず、遂に之を殺す」とあり。『山海経』には夔と作る。また『広韻』に「渠鳩切、音は求」とあり。義同じ。按ずるに王粲『従軍詩』に「鶏鳴四境に達し、黍稷原疇に盈つ。館宅廛里に充ち、士女荘馗に満つ」とある。ここは『広韻』の渠鳩切の本音に拠るものにして、『正字通』これを尤韻に叶すと為すは誤りなり。『集韻』にも又と作る。『正字通』に俗体誤ってと作る、という。

康熙字典現代語版

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