康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 873 ページ)
【午集下】【立部】競;康熙画数:19;頁 873。『広韻』渠敬切、『集韻』『韻会』渠映切、『正韻』具映切。音は傹に同じ。強し。『書・立政』「乃ち室有りて大いに競う」。『爾雅・釈詁』「競、強なり」。『左伝・僖公七年』「心もし競わずんば、何ぞ病を憚らん」。また争う、逐う、高し、急なり。『詩・商頌』「競わず絿(じゅう)せず」。註に「競、逐うなり」とある。『左伝・襄公十年』「鄭其れ災あらんか、師の競うこと已に甚だし」。註に「争競なり」とある。『哀公二十三年』「敝邑に社稷の事有り、肥をして職と競わしむ」。註に「競、急なり」とある。また『増韻』に「盛なり」とある。『左伝・昭公三年』「二恵競って爽(あきらか)なり」。また『集韻』に或いは𠓢と作り、また傹とも作る。『周礼・春官・鐘師注』「繁遏執傹なり」。『韻会補』にまた倞と作るとある。『開元五経文字』に「毛詩に秉心無倞」とある。また境に借り作る。『秦詛楚文』「兵を奮い師を盛んにして、以て辺競に逼る」。また居良切に叶う。『黄庭経』「魂魄内に守りて争競せず、神腹中に生じて玉鐺を銜く」。また其両切に叶う。『詩・大雅』「止む所疑うべからず、云徂(ゆかん)として何往にか。君子実に維(これ)を保ち、心を秉(たも)って競うこと無し」。俗に𠓢と作る。考証:『左伝・襄公十年』「鄭其れ災乎、師競已甚」は、原文に照らして「災」の上に「有」の字を増すべし。また「季康子曰、敝邑有社稷之事、使肥與職競焉」は、按ずるにこれは哀公二十三年の伝文なり。謹んで「又季康子曰」の五字を「哀二十三年」に改め、「職」の上に「有」の字を増す。