康熙字典解説
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【戌集下】【食部】飫;康煕筆画:13;頁 1417。古文は秗。『広韻』に「依倨切」、『集韻』『韻会』『正韻』に「依据切」、音は淤。『玉篇』に「食多し」。『広韻』に「飽く、饜(あ)く」。また『説文』に「燕食なり」。本は〈欠〉を作す。『詩・小雅』に「爾の籩豆を儐(ひん)し、酒を飲むの飫(お)なり」。『毛伝』に「儐、〈欠〉なり。飫は私なり。屨(くつ)を脱がずして堂に升るを飫と謂う」。『鄭箋』に「私とは非常の事を図るなり。堂において大疑を議する若ければ、則ち飫礼あり」。『朱伝』に「飫、饜(あ)くなり」。また『国語・周語』に「王公飫を立つれば、則ち房烝(ほうじょう)あり。王公諸侯の飫あるは、将に事を講じて章を成し、大徳を建て、大物を昭(あき)らかにせんがためなり。故に礼を成して立ち、烝のみす」。また武王殷を克(やぶ)りて、飫歌を作れり。〔韋昭曰く〕「立つとは礼を行いて坐せざるを謂う。立つを飫と曰い、坐するを晏と曰う」。歌辞は互いに支字の注に見ゆ。また『広韻』に「賜(たま)うなり」。『左伝・襄公二十六年』に「賞せんとせば之がために膳を加え、膳を加えれば則ち飫賜す」。また『尚書序』に「逸書に飫篇の名あり」。〔伝〕に「〈欠〉は労なり。飫は賜なり」。『集韻』に或いは饇と作る。考証:『周語』の「王公立飫、則ち房丞あり」は、原文の「房丞」を照らして「房烝」に改む。