康熙字典解説
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【午集上】【玉部】玉;康熙画数:5;ページ:726 ページ 04 行
古文:【唐韻】【正韻】は「魚欲切」、【集韻】【韻会】は「虞欲切」で、音は「獄」に同じ。【説文解字】に「石之美者」とあり。玉には五徳あり:潤沢にして光沢あるは仁なり;文理外よりして内を知るべしは義なり;其の声舒揚して遠く聞くに至るは智なり;撓まずして折るるは勇なり;廉にして刿(きずつけ)ざるは潔なり。【五音集韻】に「烈火もって焼けども熱からざるは真玉なり」と見える。【易経・鼎卦】に「鼎玉鉉」とあり。【疏】に「玉は剛にして温なるものなり」と釈す。また【説卦】に「乾は玉及び金を象る」とあり。【疏】に「玉及び金を象るとは、其の剛にして清きを取るなり」と釈す。【詩経・大雅】に「金玉其相」とあり。【礼記・聘義】に「君子は玉をもって徳に比す。潤沢にして光沢あるは仁に比し;緻密にして堅実なるは智に比し;稜角あれども人を割らざるは義に比し;垂れて墜つるが如きは礼に比し;撃てば其の声清越にして長く、終われば戛然として止むは楽に比し;瑕(きず)光を掩わず、光また瑕を掩わざるは忠に比し、孚尹旁達(ふいんぼうたつ)するは信に比し、気は白虹の天に貫くが如きは天に比し、精神は山川に現るは地に比し、圭璋特達するは徳に比し、天下莫(な)く貴ばざるは道に比す」とあり。【管子・侈靡篇】に「玉は陰中の陰なり」とあり。【白虎通】に「玉は君子の徳を象る。燥ぐれど軽からず、温ぬれど重からず。故に君子之を貴ぶ」とあり。また「水玉」あり、即ち水晶なり。【史記・司馬相如伝】に「水玉磊砢」とあり。【注】に「水玉は水晶なり」という。また美なる容貌を指す。【公羊伝・宣公十二年】に「是れ寡人をして君王の玉面を見るを得せしめ、微かに此に至らしむ」とあり。【疏】に「玉面と云うも亦褒美の辞なり」と釈す。【史記・陳丞相世家】に「特冠飾の玉なるのみ」とあり。また珍美なる食を「玉食」という。【尚書・洪範】に「惟辟玉食」とあり。【釈文】に「『漢書』に云う、玉食とは珍美の食なり」とあり。また四時の気候和調なるを「玉燭」という。【爾雅・釈天】に「四時和順なるを玉燭と謂う」とあり。【疏】に「四時の気候和し、温润明るく照らすを以て玉燭と名づく」と釈す。また地名なり。【左伝・哀公十二年】に「宋鄭の間に地あり、弥作・頃丘・玉暢・巌・戈・錫と曰う」と見え。【注】に「凡そ六邑なり」という。また河名なり。【正字通】に「後晋天福年間、鴻臚卿張匡鄴于闐に使し、行程記を著す。玉河は于闐城外に在り、其の源は崑崙山より出でて、西流一千三百里、于闐の界に至り、三河に分かれる。一は白玉河、二は緑玉河、三は黒玉河。五六月水漲り、玉石水流に従いて来たる。多少は水勢の大小による。七八月水退けば採るべし。其の人之を『撈玉』と謂う」と載す。また関隘の名なり。【前漢書・張騫伝】に「酒泉より亭障を築き、以て玉門関に至る」とあり。【注】に「玉門関は龍勒県に在り」という。また星名なり。【後漢書・郎顗伝】に「西苑より奔り、左足玉井に入る」とあり。【注】に「参宿の下に小星四つあり、玉井と曰う」という。また樹木の名なり。【山海経】に「開明獣の北に文玉樹あり」とあり。【注】に「五彩の玉樹なり」という。また草の名なり。【爾雅・釈草】に「蒙は玉女なり」とあり。【注】に「女蘿の別名なり」という。また【正字通】に「寒玉は竹の別名なり。緑玉ともいう」と載す。また鳥の名なり。【前漢書・司馬相如伝】に「鴐鵝属玉」とあり。【郭璞注】に「属玉は鴨に似て大而、長頸、赤目、紫黒色なり」という。また宮観の名なり。【前漢書・宣帝紀】に「萯陽宮の属玉観に行幸す」と見え。【注】に「晋灼曰く、属玉は水鳥なり、以て宮観に名づく」という。また蚌類の名なり。【爾雅・釈魚・蜃小者珧注】に「珧は玉珧なり、即ち小蚌なり」という。また姓なり。【史記・封禅書】に「済南人公玉帯」と見え。【注】に「公玉は姓、帯は名なり」という。【風俗通】に「斉湣王の臣に公玉冉あり」と載す。また「珍爱」「成就」の義あり。【詩経・大雅】に「王欲玉女、是用大諫」とあり。【注】に「玉は珍爱・宝重の義なり」という。【張載・西銘】に「貧賤憂戚、庸玉女於成也(女は汝に通ず)」とあり。また【広韻】に「息逐切」、【集韻】に「息六切」で、音は「粛」に同じ。【広韻】に「朽ちたる玉」と釈す。また玉器を雕琢する工匠を指す。【集韻】に「或いは璛と作る」と載す。また姓なり。【史記・封禅書公玉帯注】索隠に「玉また粛と読む」とあり。【後漢書・光武帝紀】に「留太守玉況は大司徒となる」と見え。【注】に「玉は粛と読み、京兆の人なり」という。また【広韻】に「相玉切」、【集韻】に「須玉切」で、音は「粟」に同じ。西戎の国名なり。また姓なり。また【五音集韻】に「許救切」で、音は「齅」に同じ。玉器を篆刻する工匠を指す。また【韻補】に葉音して「域」と読む。【漢代費鳳碑文】に「体履柔和、温其如玉、修孝友於閨門、執忠謇於王室」とあり。【易林】に「鉛刀以て玉石を彫る、堅くして成るべからず。力を尽して胼胝(べんてい)病を為す」とあり。また葉音して「籥」と読む。【易林】に「桑葉蛀(むしば)まれ、衣弊れて縷(あしぎぬ)の如し。女子紡いで成らず、糸帛却って玉と為る」とあり。また葉音して「迂」と読む。【洞頌】に「蘊宝玉、含耀珠」とあり。【説文解字】に「王は三画を一以て貫けるに象る」とあり。【注】徐鉉曰く「王は中画上に近し、玉は三画均平なり」。李陽氷曰く「三画均直にして、玉片の連なるに象る」。【類篇】に「隷書始めて点を加え、以て帝王の王と区別す」とあり。【六書精蘊】に「帝王の王は一三を貫きて義と為す。三は天地人を象る。中画上に近きは、王者天上に法るを示す。珠宝の玉は三画均平にして、玉片の連なる形に象る。俗書は帝王の王の中画上に近き義を知らず、傍に一点を加えて之を区別す」とあり。
考証:【爾雅・釈天】「時和を謂って玉燭と為す」。謹んで按ずるに、原文は「時」の上に「四」の字を増す。【左伝・哀公十二年】「宋鄭の間に地あり、弥作・頃丘・玉暢・嵒・戈・錫と曰う」。謹んで按ずるに、原文は「錫」を「鍚」に改む。また虫の名なり。【爾雅・釈虫】「玉蛈蜴」。【注】に「即ち螲蟷なり、蜘蛛に似て、穴中に在り、蓋あり。今河北の人之を蛈蜴と呼ぶ」とあり。謹んで按ずるに、『爾雅』原文は「王蛈蜴」と作り、「玉」の字条目下に誤って引入れたり。謹んで「又虫名」の三字を刪去し、「爾雅釈虫」より「呼蛈蜴」に至る二十六字を移して、下一条「王」字註の「又虫名」の下に置く。