康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 1445 ページ)
【亥集上】【馬部】驍;康煕筆画:22;頁 1445。『唐韻』古堯切、『集韻』『韻会』『正韻』堅堯切、音は澆。『説文』に「良馬なり」とあり。また『玉篇』に「勇捷なり」とある。『広韻』に「驍武」、漢書に「梟騎」と見え、「梟」を借りて「驍」に通ず。また『西京雑記』に「古の投壺は中に取るも還るを求めず。郭舎人は矢を激して還らしめ、一矢百余反す。これを驍と謂う」とあり。また『顔氏家訓』に「汝南の周璝・会徽は一箭四十余驍能くす」とある。考証:『礼記・投壺』に「投壺の妙なる者、連花驍有り。驍とは矢躍出するなり。箭壺より躍出せば、復た手をもって之を受け、屢投じ屢躍して地に墜ちざれば、驍と曰う」とある。『西京雑記』に「郭舎人投壺能くし、一箭七十余驍」とある。謹んで按ずるに、「投壺の妙なる者云々」の語は壺篇に見えず、所引の『西京雑記』も原文に合せず。謹みて改むるに、『西京雑記』「古の投壺は中に取るも還るを求めず。郭舎人は矢を激して還らしめ、一矢百余反す。これを驍と謂う」。また『顔氏家訓』「汝南の周璝・会徽は一箭四十余驍能くす」。