康熙字典解説
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【寅集上】【宀部】実;康煕筆画:14;頁 291 古文に宲と作る。【唐韻】【広韻】は神質切、【集韻】【類篇】【韻会】は食質切、音は失。【説文】に「実、富なり。宀に従い貫に従う。貫は貨貝なり」とある。【広韻】に「誠なり、満つるなり」、【増韻】に「充つるなり、虚の対なり」とある。【易・本義】に「乾は一にして実に、坤は二にして虚なり」、【孟子】に「これを充実するを美と謂い、充実して光輝あるを大と謂う」とある。宋の程頤曰く、「心に主あれば則ち実なり。実なれば外患入るべからず」と。また華実。【晋語】に「華なれば栄えたり。実を知らずんば、請う実に務しむべし」とあり。【史記・商鞅伝】に「貌言は華なり、至言は実なり」とあり。また物の成りて実となるなり。【爾雅・釈草】に「果臝の括楼、昺疏。実は即ち子なり」とあり。【礼記・月令】に「季春、乃ち麦のために実を祈る」とあり。注に「秀を含みて其の成るを求むるを謂う」という。また品物なり。【左伝・荘公二十二年】に「庭の実、旅して百」とあり。注に「庭の実とする所、百品有り。物の備わるを言う」という。また【襄公三十一年】に「之を輸せば、則ち君の府の実なり」とあり。また軍実。【左伝・襄公二十四年】に「斉、社して軍実を検す」とあり。杜預の注に「社を祭り、因って軍器を閲数す」という。また【儀礼・特牲饋食】に「豆・笾に実す」とあり。注に「笾・豆に実を取って之に実すと謂う」という。【周礼・春官・小宗伯の注】に「豆の実を瓮に実し、簋の実を篚に実す」とあり。また数を具するなり。【史記・始皇本紀】に「黔首をして自ら田を実せしむ」とあり。注に「民をして自ら頃畝の実数を具せしむるを謂う」という。また【唐六典】に「凡そ里に手実の法有り。歳終に民の年と地の闊狭を具して郷帳と為す」とあり。また験すなり。【後漢書・光武紀】に「各々二千石以下黄綬に至るまでを実せしむ」とあり。また事跡なり。【史記・荘周伝】に「率ね皆虚語にして事実無し」とあり。【韓非伝】に「反って浮淫の蠹を挙げ、功実の上に加之う」とあり。また当るなり。【尚書・呂刑】に「其の罪を閲実す」とあり。注に「法と相当せしむるを使す」という。また是なり。【詩・大雅】に「墉を実し壑を実す」とあり。また姓なり。また【正字通】に「脂利切、音は至。至と同じ」とあり。【礼記・雑記】に「適者に計するに曰く、『吾子が外私寡大夫不禄にして、某をして実せしむ』」とあり。注に「計の為にして此に至ると言う」という。【増韻】に「実は亦た寔と作る」とあり。【韻会】に「実と寔とを分けて二と為す」とある。考証:【爾雅・釈草】「果臝の屮、其の実多く括楼。実は即ち子なり」の条、謹んで原文に照らし「屮」「其」「多」の三字を省き、「括楼」の下に「昺疏」を増す。【礼記・月令】「季春、民の為めに麦の実を祈る」の条、謹んで原文に照らし「乃ち麦のために実を祈る」と改む。【左伝・襄公二十四年】「斉侯、社を祭りて軍実を検す」、注に「兵甲器械を謂う」とあるの条、謹んで按ずるに左伝に「侯祭」の二字無く、注内にも亦た「兵甲」の文無し。謹んで原文に照らし「斉、社して軍実を検す。杜預の注に『社を祭り、因って軍器を閲数す』」と改む。【儀礼・特牲饋食】「笾豆に実す」の条、謹んで原文に照らし「笾豆」を「豆・笾」に改む。