康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 494 ページ)
【辰集上】【日部】時;康熙画数:10;頁碼:494 頁下段 22。古文に旹と作る。『唐韻』『集韻』『韻会』市之切、『正韻』辰之切、音は莳に同じ。『説文』に「四時なり」とあり。『釈名』に「四時とは、四方おのおの一時的なるをいう。時とは期なり、物の生死おのおの節期に応じて至るなり」とある。『書・堯典』に「敬んで人に時を授く」とあり、伝に「敬んで天時を記して人に授くるなり」という。また「期三百有六旬有六日、閏月をもって四時を定めて歳を成す」とある。『礼・孔子閒居』に「天に四時あり、春秋冬夏なり」とある。『淮南子・天文訓』に「陰陽の精専なるを四時と為す」とあり、また「三月をもって一季と為す」とある。また『韻会』に「時辰なり、十二時なり」とある。また『広韻』に「是なり」とあり。『書・堯典』に「黎民変じて時に雍なり」とあり、伝に「時、是なり」という。『詩・大雅』に「止むべしといい時という、室を茲に築く」とあり、朱伝に「是に止むべくして室を築くべきなり」という。また『博雅』に「伺うなり」とあり。『論語』に「孔子その亡きを時みて往きて之を拝す」とあり、疏に「虎の家に在らざる時を伺いて往き謝するを謂う」という。また『博雅』に「善なり」とあり。『広韻』に「中なり」とある。また地名なり。『左伝・荘公九年』に「干時に戦う」とあり、注に「干時は斉の地なり。時水は楽安の界に在り、岐流して旱すれば竭涸す、故に干時と曰う」とある。また姓なり。『広韻』に「良吏伝に時苗あり」とあり。『何氏姓苑』に云う「今巨鹿の人なり」。また埘と同じ。『詩・王風』に「鶏埘に栖む」とあり、釈文に「埘、本また時に作る」とある。また『韻補』に上紙切に叶う。『王粲・七釈』に「志をもって道を易えず、身をもって時を後らず。徳を進め業を修め、世と共に理を同じくす」とあり。また側吏切に叶う。『屈原・離騒』に「忳として鬱邑たり余侘傺たり、吾独り窮苦乎そ此时也」とあり、下の態に叶う。態は音替に同じ。