【酉集下】【辵部】迹;康熙筆画 13、頁 1224。古文。『唐韻』『集韻』『韻会』『正韻』に資昔切、音は積。『説文』に「歩む処なり」。『広韻』に「足跡なり」。『左伝・宣公十二年』に「大国の跡を鄭に移す」。『前漢書・揚雄伝』に「足を擬して跡に投ず」。『淮南子・説山訓』に「足地を碾いて跡と為る」。また凡そ功業見ゆる者を跡と曰う。『尚書・武成』に「太王王跡を肇基す」。『前漢書・王褒伝』に「人を索め士を求める者は、必ず覇跡を樹つ」。また凡そ前人の遺留する所を跡と曰う。『荘子・天運篇』に「『六経』は先王の跡なり」。また凡そ循従する所有るも亦た跡と曰う。『尚書・蔡仲之命』に「爾乃ち自身より跡を邁む」。注に「仲因る所無き故に、邁跡と曰う」。『前漢書・平当伝』に「其道を深く跡し、其の本を修むるに務む」。注に「其の蹤跡を求むるを謂う」とあり。また凡そ形有って見ゆる者は皆跡と曰う。『淮南子・説山訓』に「跡に循う者は、能く跡を生ずる者に非ず」。『唐書・魏徴伝』に「豈に君臣同心にして事形跡する者あらんや」。また実に循いて之を考うるも亦た跡と曰う。『前漢書・功臣表』に「漢の功臣を跡す」。また『杜欽伝』に「将に以て天心を求め、得失を跡せん」。また風跡とは、风化の跡なり。『後漢書・朱浮伝』に「頗る風跡を厲まんと欲す」。また跡射とは、跡を尋ねて射るなり。『前漢書・王尊伝』に「将に跡射の士千人を率ゆ」。また跡人は官名なり。『周礼・地官・跡人』の注に「跡は言跡なり。禽獣の処を知る」とあり。また跡と同じ。『文中子・問易篇』に「心跡の判久し」。また跡に通ず。『詩・小雅』に「彼の不跡を念ず」。注に「故道に循わざるを謂う」とあり。また即略切に叶い、音は爵なり。『陸機・演連珠』に「火壮なれば煙微く、性充なれば情約し。是を以て殷墟に物を感ずるの悲有り、周京に佇立の跡無し」。『集韻』に或いは

と作る。考証:『前漢書・平当伝』に「其道を深く跡し、其の本を修むるに務む」。注に「其の蹤跡に循うを謂う」とある。謹んで原注の「循」を「求」に改む。『後漢書・西域伝』に「漢に跡射有り」とある。謹んで按ずるに、『後漢書・西域伝』に此の語無く、査するに『王尊伝』に繋がる。今『前漢書・王尊伝』「将に跡射の士千人を率ゆ」に改む。