康熙字典解説
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【酉集下】【車部】輔;康熙画数 14、頁 1244。『広韻』扶雨切、『五音集韻』父雨切、音は某。『説文』人の頬骨。『易・咸卦』頬・あご・舌に感応す。〔註〕輔は上顎骨を指す。『左伝・僖公五年』頬と歯槽は互いに依存す。また『正韻』車輔とは、車の両側で車輪を挟む直木をいう。『詩・小雅』ここに汝が車輔を棄つ。〔疏〕車輔は車を補助するものにして、取り外し得べき部件なり。今人は木棒を車輻に結び付けて、車を支え助くるに用ゆ。また『広韻』輔助とは、互いに助け合い、補佐することをいう。『増韻』扶持す。『易・泰卦』天地の理を輔け配合す。『書・説命』朝夕に教誨を受け、以て我が徳を輔く。また物を以て相助くるも亦た輔と称す。『周礼・地官』郷大夫は旌節を以て政令を輔ければ通ずべし。〔註〕百姓たとえ徴令を奉じて出行すとも、率いる者に符節なくんば、通過すべからず。また四輔は官名なり。『礼記・文王世子』四輔を置く。〔註〕師・保・疑・丞の四种の輔佐の官を指す。また府・史・胥・徒なる吏員も亦た輔と称す。『周礼・天官・大宰』その輔人を置く。〔註〕官府に勤務する平民を指す。また『韻会』四輔は星名にして、北极星を輔くるものなり。また三輔は郡名にして、漢代に京兆・左馮翊・右扶風を指す。また輔氏は地名なり。『左伝・宣公十五年』秦、晋を攻め、軍を輔氏に駐む。また龍輔は玉名なり。『左伝・昭公二十九年』魯の昭公、人をして龍輔の玉を斉侯に献じしむ。また姓なり。晋の智果の傍系、別れて輔氏と為す。考証:『詩・小雅』汝が車輔を棄つことなかれ。〔註〕車輔は車を補助するものにして、取り外し得べき部件なり。今人は木棒を車輻に結び付けて、車輔の脱落を防ぐ。謹んで原文に従い、「棄つことなかれ」を「ここに棄つ」に改め、「註」を「疏」に改め、「車輔の脱落を防ぐ」を「車を支え助くるに用ゆ」に改む。