康熙字典解説
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【酉集中】【貝部】負;康煕筆画:9;頁 1204
【唐韻】房久切【集韻】【韻会】扶缶切、音は婦。
【説文】恃るなり。人に従いて貝を守り、恃む所あり。
【史記・魏其武安侯伝】武安は貴きを負いて権を好む。
また【説文】一に曰く、貸しを受けて償わず。
【前漢・鄧通伝】通が家は尚お責を負うこと数万に及ぶ。
また【釈名】負とは背なり。項背に置く也。
【玉篇】担ぐなり。或いは偩と作る。
【広韻】荷うなり。
【易・解卦】負いて且つ乗り、寇に至る。
【詩・大雅】是れ任じ是れ負う。
【左伝・荘公二十年】負担に弛む。
また背くなり。
【礼記・明堂位】天子斧を負い、南郷に依りて立つ。
【註】負とは背くを言う。
また依るなり。
【孟子】虎嵎を負う。
【趙岐註】虎嵎に依りて怒る。
また失うなり。
【戦国策】公は秦に令して強斉と戦わしむるを負う。
【註】負とは猶お失うが如し。
また老母の称。
【史記・高祖本紀】常に王媼・武負より酒を貰う。
【漢書註】如淳曰く、俗に老大母を阿負と謂う。師古曰く、『列女伝』に云う、魏の曲沃負とは魏大夫如耳の母なり。古語に老母を負耳と謂う。
また敗るるなり。
【史記・丞相世家】勝負の数に益なし。
【孫子・攻謀篇】一勝一負。
また憂うなり。
【後漢書・章帝紀】刺史二千石負うところあらざれ。
【註】負とは猶お憂うるが如し。
また愧ずるなり。
【後漢書・張歩伝】負負として言うべきなし。
【註】負とは愧ずるなり。
また【広韻】恩に背き徳を忘るるを負と曰う。
【李陵・蘇武に答うる書】陵雖お恩を孤にするも、漢亦た徳を負う。
また【類篇】違うなり。
【史記・信陵君伝】魏に負うを以てす。
【註】索隠曰く、負の音は佩。
また【唐韻正】房以切に叶う。
【詩・小雅】螟蛉子有り、果蠃之を負う。爾の子を教誨し、穀に式りて之に似せよ。
また房遇切に叶う。
【王延寿・魯霊光殿賦】傍ら夭矯として横出し、互いに黝糾して搏負す。下は岪蔚として璀錯し、上は崎嶬として重注す。
按ずるに、負の字、古音は房以反なり。『魯霊光殿賦』自り始めて房遇反と読む。