康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 1254 ページ)
【酉集下】【辵部】運;康熙筆画:16;頁碼:1254 頁 05 行目。『集韻』羽粉切、音は抎に同じ。走るさま。「運」の古文。『広韻』『正韻』禹愠切、『集韻』『韻会』王問切、音は韻に同じ。『玉篇』に「転じ動き、移動す」とあり。『正韻』に「行き、用いる」とあり。『易・繋辞』に「日月運行す」とあり。『書・大禹謨』に「帝徳広く運ぶ」とあり。注に「運行して息まざるなり」という。『礼・少儀』に「君子欠伸し笏を運ぶ」とあり。注に「運は動くの義」という。また『説文』に「遷移の義」とあり。『広韻』に「運輸の義」とあり。『後漢書・百官志』に「尉曹は兵卒および労役の転運をつかさどる」とあり。また『正韻』に「天体の運行を運という」とあり。『渾天儀』に「天体の運行は車輪の転ずるがごとし」とあり。また『韻会』に「五運とは五行の気化流転の名なり」とあり。また「運祚」とは暦数天命を指す。『史記・高祖本紀賛』に「漢は堯の運数を承く」とあり。また『集韻』に「南北の距離を運という」とあり。『越語』に「広運百里」とあり。注に「東西を広とし、南北を運とす」という。また葉音として于分切、音は雲に同じ。『蔡邕・述行賦』に「信宿を弥て而して後に闋し、思逶迤として東に運ぶ。陽光を見て顥顥たり、懐わずかに弭みて欣び有り」とあり。また葉音として于願切、音は院に同じ。『阮瑀・琴歌』に「高き天門開け、大魏時に順じて運を起こす。青蓋九州を巡り、西にも東にも怨み有り」とあり。運の考証:『礼・曲礼』に「君子欠伸し笏を運ぶ」とあるが、謹んで原文に従い「曲礼」を「少儀」に改む。『越語』「広運百里」に「東西を広とし、南北を運とす」とあるが、謹んで原文に従い「百里」の下に「注」の字を増す。『蔡邕・遠行賦』に「弥信宿而后阕,繇威遺以东运。阳光见之颢颢兮,怌少弭之有欣」とあるが、謹んで原文に従い「遠」を「述」に改め、「繇威遺」を「思逶迤」に改め、「阳光见」を「見陽光」に改め、「兮」の字を省略し、「怌」を「懐」に改め、「之有欣」を「而有欣」に改む。