瑩

発音EI,AKIRAKA MIGAKU SHIBOMU
五行
吉凶
画数15 画

基本情報

発音 EI,AKIRAKA MIGAKU SHIBOMU
五行
吉凶
部首
簡体画数 15 画
繁体画数 15 画

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 739 ページ)
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【午集上】【玉部】瑩。康煕筆画 15。頁碼:739 頁 08 行。『広韻』永兵切、『集韻』『正韻』于平切、『韻会』于営切、音は栄。『広韻』に「玉の色」とあり。また『集韻』に「玉に似たる石」とあり。『詩・衛風』「充耳琇瑩」。伝に「琇瑩は美石なり」とす。『詩・斉風』「之を尚ぶに瓊瑩をもって乎而(これ)」。伝に「瓊瑩は玉に似たる石なり」とす。『韻会』に『詩詁』の『淇奥』の詩を説きて「充耳琇瑩」と注すに、「毛伝曰く、琇瑩は美石なり」とあり。詩に「之を尚ぶに瓊華をもって、之を尚ぶに瓊英をもって、之を尚ぶに瓊瑩をもって」とあり。注に「毛伝曰く、瓊英は玉に似たる石なり。鄭玄曰く、石は瓊に似、瑩に似たり」とあり。今詳らかに考うるに、琇瑩と琇実とは同じ物にして、瓊瑩と瓊英・瓊華とは同じ物なれば、則ち瑩は玉石に非ず。毛亨の説は当らず。かつ瓊既に玉の中の美なる者にして、瑩また玉に次ぐ石なれば、一つの耳飾りながら二種の物に似るとは、鄭玄の説も当らず。凡そ玉の成るや、生じて成るに至るまで、栄あり英あり華あり実あり、草木のごとし。瑩はすなわち栄にして、玉の初め成るを言い、草木の栄華のごときなり。英は一玉の中の最も美なる部分を言い、草木の精華のごときなり。華は玉のまさに成らんとするを言い、草木の英華のごときなり。実は玉の既に成れるを言い、草木の果実のごとく、皆用うるべき玉なり。また明るきを指す。『揚子・太玄経』に「一生一死して性命明らかにす」。注に「瑩は明なり」とす。また六瑩は楽曲の名。『列子・周穆王篇』に「承雲・六瑩・九韶・晨露等の曲を奏でて之を楽しませる」とあり。また人名。『前漢・功臣表』に「祝茲侯呂瑩」。注に師古曰く「瑩、音栄」。また烏暎反の音あり。また凋零を指す。『楚辞・九思』に「堇荼茂み兮枝葉扶疏、蘅芷凋零兮瑩嫇」とあり。また『集韻』『韻会』維傾切、音は営。玉石に似たり。また『唐韻』烏定切、『集韻』『韻会』『正韻』縈定切、音は瀅。玉色光潔なり。『逸論語』に「玉のごとく光潔なり」とあり。また『正字通』に鏡の明なるを言う。『晋書・楽広伝』に「此人明水と鏡のごとく、之を見るに明朗清澈なり」とあり。『隋書・高熲伝』に「独孤公は鏡のごとし。毎に磨かれて益々皎潔明亮なり」とあり。また心思精明なるをも亦た瑩と称す。『江淹・雑体詩』に「書巻を開きて疑う所を明かにす」。『韓愈・孟に寄する詩』に「光明の心を懐きて疑怪を覚ゆ」とあり。また『集韻』『韻会』『正韻』烏迥切、音は濙。『集韻』に「聴瑩、迷惑なり」とあり。『正韻』に荘子を引きて「是れ黄帝の惑う所なり」とし、聞いて而して困惑するを言う。按ずるに『荘子・斉物論』は本に熒と作る。

康熙字典現代語版

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