康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 971 ページ)
【未集中】【聿部】肅;康煕筆画:13;頁碼:971 頁上段 07
古代文献による記載:【唐韻】は息逐切と注音し、【集韻】【韻會】は息六切と注音し、【正韻】は蘇谷切と注音して、音は「宿」に同じ。【説文解字】に「事を執るに振いて敬す」とあり、字形は「聿」が「𦣻」の上に在り、戦々兢々たる様子を表す。【広韻】に「恭・畏・戒慎」と釈す。【書経・太甲】に「社稷宗廟、罔不祗粛」とあり、【伝】に「粛は荘厳の義なり。能く鬼神を荘厳に敬みて之と距るを謂う」と注す。また【尚書・洪範】に「恭を作して粛と為す」とあり、【疏】に「儀態能く恭ならば、内心粛然として敬を生ず」と釈す。また【礼記・玉藻】に「色容厲粛」とあり、【疏】に「厲は厳なること、粛は威なること」と釈す。また【爾雅・釈言】に「粛雝は声を形容す」とあり、また収縮の義あり。【詩経・豳風】に「九月粛霜」とあり、【伝】に「粛は縮の義なり。霜降りて万物を縮めて凋零せしむ」と釈す。【礼記・月令】に「季春にして冬令を行えば、則ち寒気時ならず発し、草木皆枝葉を縮む」とあり、【註】に「枝葉の縮みて蜷曲するを謂う」と釈す。また【爾雅・釈詁】に「進・引」と釈す。【詩経・大雅】に「民粛心有り、荓云逮らず」とあり、【箋】に「粛は進取の義なり」と釈す。【礼記・曲礼】に「客固く辞すれば、主人粛めて客を入る」とあり、【註】に「粛は導く義なり。客を導きて入らしむ」と釈す。また【左伝・成公十六年】に「事の故を為して、敢えて使者を粛む」とあり、【註】に「粛は手を地に拝するなり、今の揖に同じ」と釈す。【礼記・少儀】に「婦人吉事には、君の賜虽有れども粛拝す」とあり、【註】に「粛拝は頭を低れて拝するなり」と釈す。【周礼・春官・大祝】に「九拝を弁ず、九曰く粛」とあり、【註】に「粛拝はただ身を俯して手下ぐるのみ(跪拜せず)、即ち今の揖なり」と釈す。また急速の義あり。【礼記・礼運】に「粛にして俗敝れば、則ち法常なし」とあり、【疏】に「粛は峻急の義なり」と釈す。【淮南子・本経訓】に「粛にして悖らず」とあり、【註】に「粛は急切なり。急切なれども倉卒悖乱せず」と釈す。また【爾雅・釈訓】に「粛粛は恭敬の様子」とあり、また「粛粛は恭謹の様子」とあり。また【詩経・周南】に「粛粛兔罝」とあり、【朱註】に「粛粛は斉整厳整の様子」と釈す。また【詩経・小雅】に「粛粛謝功、召伯これを営む」とあり、【箋】に「粛粛は厳正の様子」と釈す。また【詩経・召南】に「粛粛宵征」とあり、【伝】に「粛粛は迅疾の様子」と釈す。また【詩経・唐風】に「粛粛鴇羽」とあり、【伝】に「粛粛は鴇の翼を扇ぐ音なり」と釈す。また姓なり。例えば漢代の雁門太守粛祥のごとし。また【諡法】に「剛強にして事を成すを粛と曰い、内断能く決するを粛と曰う」とあり。また国名なり。【左伝・昭公九年】に「粛慎、燕亳、我が北土なり」とあり。また【尚書序】に「粛慎来賀す」とあり、【山海経】に「粛慎の国、白民の北に在り」とあり。また州名なり。【韻会】に「古の月支国の地、漢に酒泉郡を置き、後魏に酒泉を改めて甘州と為し、隋に福禄県を分けて粛州を置く」とあり。また馬名なり。【左伝・定公三年】に「唐成公楚如く、両粛爽の馬有り、子常これを欲す」とあり、【註】に「粛爽は駿馬の名なり」と釈す。また「宿」に通ず。【儀礼・特牲饋食礼】に「乃ち尸を宿す」とあり、【註】に「宿は進の義なり」と釈す。【礼記・祭統】に「宮宰夫人を宿す」とあり、【註】に「宿は誡の義なり」と釈す。また【集韻】に所六切と注音し、音「縮」に同じ、鳥の飛ぶを指す。「𦒎」字に同じ。また【字彙補】に先妙切と注音し、音「嘯」に同じ。義は恭なり。【釈名】に「簫は粛に得名す、其の声粛粛然として清越なるが故なり」とあり。また【韻補】に叶音して「瑟」の音と注す。陸機の詩に「羈旅遠く遊宦し、身を承華の側に託す。剣を撫でて銅輦に遵い、纓を振って尽く祗粛す」とあり。【韻会】に「古に凡そ【夙】の音、多く【息】と読む。尚書の【粛慎氏】、史記は【息慎】と作る。蔬菜の宿菜、幽州人は之を【息菜】と称す」とあり。