康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 597 ページ)
【辰集下】【氏部】氏;康熙筆画:4;頁碼:597 頁 18 行
【唐韻】承旨切。【集韻】【韻会】【正韻】上紙切。音「是」に同じ。氏族を指す。
【白虎通】何ゆえに氏を設けるや。徳ある者を尊び、技芸・労力のみある者を卑しむるをもって、人をして善を行わしめんがためなり。
【左伝・隠公八年】天子、徳ある者を建てて諸侯となし、その生じた地に因りて姓を賜い、土を分けて氏を命ず。諸侯は字をもって諡とし、以って族と為す。官に世功あれば、官を以って族と為すことあり。邑を以って族と為すも亦た然り。
【疏】『釈例』に曰く、別ちて称すれば之を氏と謂い、合せて言えば之を族と謂う。
【趙彦衛・雲麓漫抄】姓氏は後世に至りて区別せず、ただ某氏の姓と云う。史家の筆法も亦た然り。按ずるに、姓は百代を統べて離れざらしむるものなり。氏は子孫の何枝より分かれたるかを分別するものなり。例えば周は姫姓にして、氏を以って子孫を別ち、魯・衛・毛・聃・邘・晋・応・韓等の分かれあり。『易』に「黄帝・堯・舜氏起こる」と言うに至りては、堯・舜は姓に非ずといえども、既に天子にして一代を表すものなれば、堯舜氏と称するも義通ず。これまた姓氏の定例に拘らざるの場合なり。
【柳芳・論氏族】国名を以って氏と為すもの、斉・魯・秦・呉のごとき。諡号を以って氏と為すもの、文・武・成・宣のごとき。官名を以って氏と為すもの、司馬・司徒のごとき。爵位を以って氏と為すもの、王孫・公孫のごとき。字を以って氏と為すもの、孟孫・叔孫のごとき。居地を以って氏と為すもの、東門・北郭のごとき。志業を以って氏と為すもの、三馬・五鹿のごとき。職業を以って氏と為すもの、巫・乙・匠・陶のごとき。
また古は貴き者には氏ありて賤しき者には氏なし。故にその呪詛の辞に「命墜ち氏亡ぶ」とあり。位を奪われ国を失うを謂うなり。この呪詛の辞は【左伝・襄公十一年】に見ゆ。
また婦人は慣例により氏を称す。【儀礼・士昏礼】に祝が婦人の姓を告げて「某氏来帰す」と言う。
また楽氏は津の名にして鄭に在り。【左伝・襄公二十六年】「楽氏に渉る」。
また元氏・猗氏・盧氏・尉氏は皆県名なり。【広輿記】に元氏は常山郡に属し、今は真定府に属す。猗氏は河東郡に属し、今は平陽府に属す。盧氏は本漢の県にして、今は河南府に属す。尉氏は本秦の県にして、今は真定府に属す。【師古・漢書注】に凡そ地名して某氏と為すものは、皆この(人物または事件)に因りて名を立てるを言う。尉氏・左氏・緱氏・禺氏の類これなり。
また事物を名づくるに「氏」を用ゆ。【大戴礼記】「蘭氏の根、櫰氏の苞」。
また姓と為す。【呉志】に氏儀あり、後に姓を是に改む。
また猛氏は獣の名なり。【司馬相如・上林賦】「猛氏を鋌つ」。【郭璞曰】今蜀中に一種の獣あり、形熊に似て小なるも、毛色浅く光沢あり、名けて猛氏と曰う。
また【説文】に巴蜀にて山崖の側壁に付着して将に墜ちんとする所を氏と謂う。氏崩るれば、其の声数百里に達す。『揚雄・解嘲』に「響くこと氏の隤るが若し」と。按ずるに、今『揚雄伝』は「坻」に作る。【玉篇】にも亦た曰く、巴蜀にて山崖の将に增ちんとするを氏と謂うは、崩るるの声なり。音は承紙切。
また『元包経』に「剥屵氏」とあり。伝に曰く、山地に崩るると。注に屵は音蔡、氏は音支。『説文』『玉篇』と義同じくして音異なり。
また【集韻】掌是切。音「紙」に同じ。姓なり。義同じ。
また【広韻】【集韻】【韻会】章移切。【正韻】旨而切。音「支」に同じ。月氏、西域の国名にして大宛の西に在り。【史記・大宛列伝】に大月氏・小月氏あり。また「月支」とも書く。
また閼氏は単于の皇后の号なり。【史記・韓王信伝】「上乃ち人をして厚く閼氏に遺わしむ」。【注】閼は音燕、氏は音支。
また烏氏は県名なり。【史記・酈商伝】「雍将軍烏氏を破る」。【注】烏は音於然反、氏は音支。県名にして安定郡に属す。【前漢書・地理志】は「閼氏」と書く。
また【史記・貨殖列伝】に「烏氏倮」とあり。【注】韋昭曰く、烏氏は県名、倮は人名なり。索隠は烏氏を姓と為すも、これ非なり。
また【広韻】子盈切。【集韻】咨盈切。音「精」に同じ。狋氏は県名なり。【前漢書・地理志】に代郡に狋氏県あり。【注】孟康曰く、狋は音拳、氏は音精。また「𤝎」とも書く。
『古今印史』に音は承旨切。族の下に分かれたる支系なり。古は姓が族を統べ、族が氏を統ぶ。嫡長相続以外の凡そ旁支は皆氏と曰う。故に字を造るに「側出」に従いて意を表す。
考証:【趙彦衛・雲麓漫抄】に魯・衛・毛・聃・邗・晋・応・韓の分かれのごとき。謹んで按ずるに原文の「邗」を「邘」に改む。【史記・貨殖伝】に鳥氏倮。謹んで按ずるに原文の「鳥」を「烏」に改む。