康熙字典解説
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【戌集上】【門部】闕;康熙筆画 18;頁 1340。『広韻』袪月切、『集韻』『韻会』『正韻』丘月切、音は「缺」に同じ。『説文』に「門観なり」とあり。『徐曰』に「中央を闕きて道と為す、故に之を闕と謂う」とあり。『玉篇』に「象魏の闕なり」とあり。『広韻』に「闕は門の両旁に在り、中央闕然として道と為すなり」とあり。『正韻』に「宮門の双闕なり」とあり。『韻会』に「二臺を門外に作り、楼観を上を作し、上円下方、其の県法を以て之を象魏と謂う。象は治象なり。魏とは、其の状魏魏然として高大なるを言う。民をして之を観せしめ、因って之を観と為す。両観双植して、中を門と為さず。又宮門・寝門・冢門も皆闕と曰う」とあり。『古今注』に「闕は観なり。古は毎門に両観を其の前に樹て、以て宮門を標表す。其上居るべく、之に登れば則ち遠観すべし、故に之を観と謂う。人臣将に此に至らば、則ち其の闕く所を思う、故に之を闕と謂う」とあり。『爾雅・釈宮』に「観を闕と謂う」とあり。『詩・鄭風』に「挑兮達兮、城闕に在兮」とあり。『伝』に「城に乗じて闕を見る」とあり。『左伝・荘公二十一年』に「鄭伯王を闕西辟に享す」とあり。『註』に「闕は象魏なり」とあり。『史記・高祖本紀』に「東闕・北闕を立つ」とあり。又『秦本紀』に「冀闕を築く」とあり。『註』に劉伯莊云う「冀は猶記事のごとく、闕即ち象魏なり」と。又『広韻』に「失なり、過ちなり」とあり。又『集韻』に「乏なり、空なり」とあり。又『増韻』に「恭しからざるなり」とあり。又『玉篇』に「少なし」とあり。『左伝・成公十三年』に「又我が公室を闕翦せんと欲す」とあり。又『広韻』に「供せず」とあり。『左伝・襄公四年』に「敝邑褊小にして、闕きて罪と為す」とあり。『註』に「闕は供せざるなり」とあり。又『増韻』に「虚なり」とあり。『礼記・礼運』に「三五にして闕く」とあり。『註』に「一盈一闕、屈伸の義なり」とあり。又『増韻』に「游車にして闕を補う者を游闕と曰う」とあり。『周礼・春官・車僕』に「戎路の萃、広車の萃、闕車の萃を掌る」とあり。『註』に「闕車は、用いて闕を補うの車なり」とあり。『左伝・宣公十二年』に「潘党游闕四十乗を率う」とあり。『註』に「游車は闕を補う者なり」とあり。又「合わざるなり」とあり。『前漢書・王莽伝』に「帰師は遏むべからず、城を囲むを闕と謂う」とあり。『註』に「此れ兵法の言なり。闕は合わざるなり」とあり。又「毀つるなり」とあり。『礼記・曽子問』に「闕より入る」とあり。『註』に「闕は宗を毀つるを謂う」とあり。又『正韻』に「闕翟は后の服、繒を刻みて衣と為し、画かざるなり」とあり。『周礼・天官・内司服』に「王后の六服を掌る:褘衣・揄狄・闕狄・鞠衣・展衣・縁衣」とあり。『註』に「闕狄は羽飾を画す。展衣は白衣なり」とあり。『詩・衛風・玼兮玼兮其之翟也伝』に「褕翟・闕狄は羽飾の衣なり」とあり。又剣名なり。『荀子・性悪篇』に「闔閭の干将・莫邪・鉅闕・辟閭、此れ皆古の良剣なり」とあり。又国名なり。『左伝・昭公十五年』に「闕鞏の甲」とあり。『註』に「闕鞏国の出づる鎧なり」とあり。又獣名なり。『爾雅・釈獣』に「闕洩は狃多し」とあり。『疏』に「闕泄は獣名なり。其の脚狃多し。狃は指なり」とあり。又山名なり。『前漢書・司馬相如伝』に「屯騎を闕に遺す」とあり。『註』に「闕は北極の山なり」とあり。又塞名なり。『戦国策』に「乃ち燕烏集闕を摩し、趙王を華屋の下に見説す」とあり。『註』に「闕は塞名なり」とあり。又『史記・周本紀』に「西周恐れ、天下の鋭師を伊闕に出だし、秦を攻む」とあり。『註』に『括地志』云う「洛州の南十九里に在り」と。又『広韻』に「姓なり。下邳に出ず。漢に荊州刺史闕羽三有り」とあり。又『正韻』に「亦た屈と作る」とあり。又『正韻』に「其月切、音は橜」とあり。『左伝・隠公元年』に「潁考叔曰く、若し地を闕きて泉に及ばば」とあり。又『襄公二十一年』に「方暑しく地を闕き、氷を下して牀と為す」とあり。『呉語』に「闕きて石郭と為し、漢を陂して帝舜に象る」とあり。『註』に「闕は穿つなり」とあり。『管子・山権数篇』に「北郭に掘闕して亀を得る者有り」とあり。『註』に「地を穿ち泉に至るを闕と曰う」とあり。又『韻補』に「檜に叶う」とあり。『程暁・傅に贈る詩』に「元服初に加わり、万福咸会う。赫赫たる応門、厳々たる朱闕」とあり。又「乞に叶う」とあり。『班固・北征頌』に「雷九原を震わし、電高闕を曜す。金光野を鏡とし、武旗日を冒す」とあり。又「卻に叶う」とあり。『鄭虔季・陸雲に贈る詩』に「閶闔、南端籥を啓く。庶明以て庸い、帝聴式に闕く」とあり。考証:『左伝・成公十三年』の「又我が公室を闕剪せんと欲す」について、謹んで按ずるに、「剪」字は下に羽に従う、今「翦」に改む。『正韻』の「闕翟は后の服、刻繪を以て衣と為し、画かざるなり」について、謹んで原文に照らし、「刻繪」を「刻繒」に改む。『管子・山権数篇』の「北郭に拙闕して亀を得る者有り」について、謹んで原文に照らし、「拙闕」を「掘闕」に改む。