陂

発音HA HI,TSUTSUMI
五行
画数13 画

基本情報

発音 HA HI,TSUTSUMI
五行
吉凶
部首
簡体画数 7 画
繁体画数 13 画

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 1348 ページ)
康熙字典の原典を見る(第 1348 ページ)
【戌集中】【阜部】陂;康煕筆画:13;頁碼:1348 頁第 10 『唐韻』は「彼為切」、『集韻』『韻会』は「班麋切」、『正韻』は「逋眉切」で、音は「碑」に似る。 『説文解字』には「阪(さか)」と釈し、また「池(いけ)」ともいう。 『玉篇』には「沢障(水沢の堤)」と釈す。 『風俗通義』に曰く、「陂」とは「繁」の意なり。低地を蓄水して万物を繁育し、万物をして其の利を得しむるなり。今では専ら灌漑に用いる。 『書・禹貢』に「九沢既に陂す」(九大沢に既に堤を築く)と記す。 『礼・月令』に「川沢を竭すこと勿れ、陂池を漉すこと勿れ」(川沢を涸らしめる勿れ、陂池の水を竭らす勿れ)と記す。【注】水を蓄うる所を陂という。 また地名に用いる。 『左伝・成公四年』に「許人、諸を展陂に敗る」(許国人、彼らを展陂にて破る)と記す。【注】展陂は許国の地なり。 また『昭公十三年』に「魚陂に次ぐ」(軍を魚陂に駐屯す)と記す。【注】竟陵県の西北に甘魚陂あり。 また『正字通』に曰く、黄陂は県名にして、今の黄州府に属す。 また『前漢書・礼楽志』に「雨師を騰げ、路陂に洒ぐ」(雨師をして空に昇らせ、路傍に水を洒がしむ)と記す。【注】路陂とは路傍のことなり。 また『集韻』に「波」と書くことあり。 『史記・貨殖列伝』に「水居千石魚陂」(千石の魚を産する池を有す)と記す。 また『灌夫伝』に「陂池田園」と記し、『前漢書』では「波」と書く。 また『前漢書・景十三王伝』に「雷波に遊ぶ」と記す。【注】「波」は「陂」と読む。雷陂は陂塘の名なり。 また『集韻』に「蒲麋切」で音「皮」。「陂池」は側面が崩れたる様を形容す。 また『集韻』『韻会』に「滂禾切」で音「坡」。 『集韻』に「坡」と同じ。「陂陀」は平坦ならざるをいう。 『爾雅・釈地』に曰く、傾斜せる所を「阪」という。 『揚子・方言』に曰く、陂とは「邪(ななめ)」の意にして、楚・荊・揚の間これを陂と称す。 『釈名』に曰く、山の側を陂といい、これ「陂陁(ななめにして平ならざること)」の意なり。 『玉篇』に「陂陀」は連綿として傾斜せる様と釈す。 『唐韻正』に曰く、『尚書・洪範』の「偏なく陂なく、王の義に従え」の「陂」は、元は「頗」と書き、唐の明皇(玄宗)之を「陂」に改めたり。韻補に曰く、古くは「義」の字は皆「俄」の音に読み、『周官』の注も亦「俄」の音に読む。故に古文『尚書』は元は「偏なく頗なく、王の義に従え」と書きて「俄」の音に叶わせたり。唐の明皇は当時「義」の字が「乂」の音に読まるるを以て、「頗」を「陂」に改め、当時の音に合わせたるにより、古音遂に晦れたり。 また『集韻』に「逋禾切」で音「波」。 『博雅』に「陂陁」は衰弊し傾斜せるをいうと釈す。 また『集韻』に別の説あり:山坡、時に「岥」と書く。 また『集韻』に「蒲波切」で音「婆」。「陂陁」は平坦ならざるをいう。 また『広韻』『集韻』『韻会』に「彼義切」、『正韻』に「兵媚切」で音「賁」。 『玉篇』に傾斜して正しからざるを釈す。 『正韻』に平坦ならざるを「険」といい、直ならざるを「陂」という。 『易経・泰卦』に「平なることなくんば陂なく、往くことなくんば復らず」(永遠に平坦にして傾かざることなく、去りて還らざることなし)と曰う。 『周礼・春官・典同』に「陂声散ず」(声傾斜して正しからざれば散乱す)と記す。 『史記・五宗世家』に曰く、邯鄲城中に来往する使者・過客は、彭祖(趙王)の人柄険詐にして正しからず(険陂)が故に、皆邯鄲に留まることを欲せざりき。

💡 康熙字典現代語版

扫码使用更多功能

康熙字典小程序

康熙字典小程序