康熙字典解説
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【酉集下】【車部】軫;康煕筆画:12;頁 1241【集韻】【韻会】【正韻】止忍切、音は胗。【説文】車の後にある横木なり。また【広韻】転ずるなり、動くなり。【揚子・太経】「其道を軫転す」。また車の衆盛なるなり。【淮南子・兵略訓】「士卒殷軫す」。【註】殷軫とは、乗輿の多くて盛んなる貌なり。また紆軫とは、隠曲なるなり。【楚辞・九章】「心鬱結して紆軫す」。また地形の盤曲せる貌なり。【後漢書・馮衍伝】「路紆軫にして艱多し」。また軫懐とは、痛念するなり。【楚辞・九章】「国門を出でて軫懐す」。また【韻会】宿名なり。【史記・律書】「軫とは、万物益々大にして軫軫然たるを言う」。また【天官書】「軫は車為り、風を主る」。【註】軫は巽と同位にあり、車動いて行疾きこと風に似たるが故に、風を主る。また琴の下にて絃を転ずる者を軫と謂う。【李白詩】「霜を払いて瑤琴を弄す」。また国名なり。【左伝・桓公十一年】「楚の屈瑕、貳・軫と盟せんとす」。【註】貳・軫は皆国名なり。また姓なり。按ずるに、『考工記』に「軫と轐を加う」とあり。鄭氏の註に云く、「軫は輿なり」。『輪人』の「軫の囲み」の註に、「軫は輿の後なる横者なり」。『輈人』に「軫の方なるは、以って地を象る」とあり。疏に云く、「地を象るは輿の方なるを以って言う。輿と言わずして軫と言う者は、軫は輿の本なればなり」。戴侗は輿方之説に拠りて鄭氏を駁し、軫は輿の四面の木なりと謂う。『博雅』に「軫を枕と謂う」。『釈名』に「軫、枕なり。軫横たわり前に在ること、臥牀の横枕あるが如し」。枕は横ありて直なし。しかれば四面之説は非なり。『韻会』の軫の註に『秦風・小戎』の「俴収」の註を引きて云く、「収は軫なり」。疏に云く、「大車の前軫より後軫に至るまでその深さ八尺、兵車の軫は四尺四寸、これに比すれば浅きが故に、俴収と曰う」。収とは、車の前後両端の横木にして、載する所を収斂する者なり。鄭氏の註と『詩』の疏とを合せて観るに、すなわち四面方なる者は輿、前後横なる者は軫にして、皆伏兎の上に加えて人物を載する者なり。鄭氏の註屡々其の辞を変ずるも、自ら相矛盾するに非ず、各々本文の重んずる所に就きて言之るのみ。