康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 890 ページ)
【未集上】【竹部】箴;康熙筆画:15;頁碼:890 頁下段 21 行。【広韻】職深切。【集韻】【韻会】【正韻】諸深切、音は斟。【説文】に「衣を綴る箴なり」とあり。【礼記・内則】に「紉箴して補綴を請う」と見える。また古者は石をもって箴とし、もって病を刺す。【前漢書・芸文志】に「度箴石・箴石・湯火の施すところ」とあり。注に「箴は病を刺する所由なり。石は砭石を謂い、即ち石箴なり」という。【山海経】に「高氏の山、其上に玉多く、其下に箴石多し」とあり。注に「砥針として癰腫を治むるに用うるべし」という。また規戒を意味す。【書経・盤庚】に「猶お胥に顧みて箴言す」とあり。【左伝・襄公十四年】に「工、箴諫を誦ず」と見える。【前漢書・揚雄伝賛】に「箴は【虞箴】に善なるものなく、【州箴】を作れり」とあり。注に「九州の箴なり」という。【玉海】に「箴とは諫誨の辞にして、箴の疾を療うるが若きにより、故に箴と名づく」とある。また姓なり。【風俗通】に「衛に大夫の箴荘子あり」と見える。また【爾雅・釈器】に「一羽を箴と謂い、十羽を縛と謂う」とあり。また官名なり。【左伝・宣公四年】に「子文の孫、箴尹克黄」とあり。注に「箴尹は官名なり」という。また魚名なり。【山海経】に「栒状の山、水これより出で、其中に箴魚多し。其の状は儵の如く、其の啄は箴の如し」とある。また鳥名なり。【司馬相如・上林賦】に「箴疵・鵁盧」と見え、注に張揖曰く「箴疵は魚虎に似て倉黑色なり」という。また草名なり。【神異経】に「桂林に睡草あり、之を見れば人をして睡らしむ。一名を酔草といい、亦た懶婦箴と呼ぶ」とある。【韻会補】に「一に曰く竹の名なり。亦た通じて作す」とあり。【前漢書・司馬相如伝】に「箴疵・鵁盧」と見え、箴疵は鳥名なり。【説文】には鴜と作る。また【集韻】に口減切、音は槏。古斬切、音は減。竹の名なり。また【韻会補】に「鍼と同じ」とあり。諸韻は別出して箴を箴誡の字と為す。また通じて針と作る。考証:【前漢書・芸文志】に「医経、箴石・湯火の施すところ」とある。謹んで按ずるに、原文の「医経」の字は「箴石」と相属して句を為さず。今原文に照らして「度箴石」に改む。【書経・盤庚】に「猶お須に顧みて箴言す」とある。謹んで原文に照らして「須」を「胥」に改む。【爾雅・釈訓】に「一羽を箴と謂い、十羽を縛と謂う」とある。謹んで原書に照らして「釈訓」を「釈器」に改め、原文の「縛」を「縛」に改む。