康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 1508 ページ)
【亥集下】【鹵字部】鹽;康熙筆画:24;頁碼:1508 頁 07 行
【唐韻】【集韻】【韻会】余廉切【正韻】移廉切、音閻。
【説文】鹹きなり。古昔、宿沙初めて作り、海を煮て鹽と為す。河東の鹽池は、袤(南北の長さ)五十一里、広(東西の幅)七里、周(周囲)百十六里。
【周礼・天官・鹽人】鹽の政令を掌り、もろもろの事に鹽を供す。祭祀には苦鹽・散鹽を供し、賓客には形鹽・散鹽を供し、王の膳羞には飴鹽を供す。
【註】苦鹽は池に出づ。鹽は顆にして未だ鍊治せず、味鹹く苦し。散鹽は即ち末鹽にして、海及び井に出で、並びに鹻を煮て成る者なり。鹽皆散末なり。形鹽は即ち印鹽にして、鹻を積みて結ぶ所、形虎のごとし。飴鹽は飴をもって雑和するもの、あるいは云ふ、戎地に生じ、味甘美なりと。
【礼記・内則】卵鹽。
【註】大鹽なり。
【正字通】鹽の種類一ならず。あるいは鹵地に出で、あるいは井に出で、崖に出で、石に出で、木に出ず。
また【史記・天官書】臯唐・甘石、時務に因りて其の書伝を論ず。故に其の占験、凌雜として米鹽のごとし。
【正義曰】凌雑とは交乱なるなり。米鹽とは細碎なるなり。
また沢の名。
【史記・大宛伝】于闐の東、水鹽沢に注ぎ、地下に潜行す。則ち河源これより出ず。
また白鹽、山名。四川夔州に在り、南は赤甲山に連なる。
【杜甫詩】赤甲・白鹽倶に天を刺す。
また国名。
【山海経】鹽長の国。
また無鹽、古の国名。
また地名。鹽城、蒲州安邑県に在り。一名司鹽城。
【史記・秦本紀】昭襄王十一年、斉・韓・魏・趙・宋・中山の五国共に秦を攻め、鹽氏に至りて還る。
また【前漢・地理志】無鹽県、東平郡に属す。海鹽県・鹽官県、会稽郡に属す。
また牛の両膁の上を陽鹽と曰ふ。
【甯戚相牛経】陽鹽は広を得んことを欲す。
また金鹽は五加皮の別名。
また姓。
【魯国先賢伝】北海相鹽津有り。
また毋鹽、複姓。斉の毋鹽邑大夫の後。
また無鹽、古の醜婦人。
また【広韻】【集韻】【正韻】以贍切、音豔。
【広韻】鹽をもって物を醃するなり。
【礼記・内則】桂と薑とを屑にし、以て上に灑ぎ、而して之を鹽す。
また豔と同じ。
【礼記・郊特牲】君親ら社に誓ひ、以て軍旅を習ふ。禽を流示し、而して諸利を鹽し、以て其の命を犯さざるを観る。
【註】流は猶行うがごとし。田を行うなり。鹽は豔と読む。田を行い、禽を示して、之をして歆豔せしめ、其の用命するや否やを観るなり。
また曲の別名。凡そ歌詩して鹽と謂ふは、吟・行・曲・引の類のごときを謂ふなり。
【古楽府】昔昔鹽・神雀鹽・黄帝鹽等の名有り。鹽と読む。按ずるに、鹽は即ち古曲前の豔なり。但し此の曲を歌ふに、必ずしも曲前・曲中と定むべからず。直に『九宮譜』の所謂慢詞のごときなり。
【字彙】俗に作る。
考証:「賓客共其形鹽、王之膳羞共其飴鹽」。謹んで『周礼』原文に照らせば、形鹽の下に「散鹽」の二字を増し、飴鹽の上に「其」の字を省くべし。