康熙字典解説
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【未集下】【舌部】舍;康熙画数 8;頁 434。『広韻』始夜切、『集韻』『韻会』『正韻』式夜切、音は赦。『説文』に「市居を舎と曰う」。『釈名』に「舎とは、其中に舎息するなり」。『礼記・曲礼』に「舎に適らんとすれば、求むるに固なることなかれ」。注に「行きて人の館に就くを謂う」。疏に「適は往くに猶る。舎は主人の家なり」。『周礼・天官・宮正』に「時を以て宮中の官府、次舎の衆寡を正す」。注に「次は吏の直宿を謂い、今の諸廬を部署するが若し。舎は其の居する寺なり」。『前漢書・高祖紀』に「高祖適に旁舎より来たる」。又『王莽伝』に「里区・謁舎」。注に「客を宿せざる舎を里区と為し、客を宿する者を謁舎と曰う」。又息むなり。『詩・小雅』に「爾の安行、亦た遑に舎せず」。箋に「女安行すべしや、則ち何ぞ暇に舎息せざらん」。『前漢書・高祖紀』に「遂に西して咸陽に入り、宮に止まり舎に休まんと欲す」。注に師古曰く「舎は息むなり、殿中に休息するなり」。又日行に次舎有り。『淮南子・天文訓』に「日は虞淵の汜に入り、蒙谷の浦に曙む。九州七舎を行ず」。『郭璞・遊仙詩』に「日を回して三舎に向かう」。注に「二十八宿、一宿を一舎と為す」。又師行に一宿を舎と為す。『増韻』に又三十五里を一舎と為す。『左伝・僖公二十三年』に「晋・楚兵を治め、中原に遇う、其れ君を三舎に辟く」。注に「一舎三十里」。又『釈典』に「一倶盧舎」。注に「四里を一倶盧舎と為す。一里三百六十歩、一倶盧舎計一千四百四十歩」。又止むなり。『礼記・月令』に「仲春の月、是の月也、耕者少しく舎す」。注に「舎は猶止むが如し」。『管子・四称篇』に「良臣を使わず、讒賊是を舎す」。注に「舎は止むなり、謂わく讒賊を其の旁に止め、之と近づく也」。又廃す、罷むなり。『易・乾卦』に「龍田に見る、時舎なり」。『左伝・昭公五年』に「中軍を舎す、公室なり」。注に「中軍を罷む」。又厝すなり。『戦国策』に「王需を側に舎するに如かず、以て二人の所為を稽ふべし」。注に「舎は猶厝すなり」。又施すなり。『左伝・宣公十二年』に「老には加恵有り、旅には施舎有り」。又『昭公十三年』に「施舎倦むことなし」。注に「施舎は猶恩徳を布くを言う」。又官名なり。『周礼・天官・掌舎』に「王の会同の舎を掌る」。又『地官』に舎人。注に「舎は猶宮なり。宮中の用穀を平らぐるを主る者なり」。師古曰く「舎人は親近左右の通称、後遂に私属の官号と為る」。又処すなり。『詩・鄭風』に「彼其の子、命を舎して渝らず」。箋に「舎は猶処すが如し」。『釈文』に「舎、音は赭」。王云く「受くるなり」。又除くなり。『詩・小雅』に「彼有罪を舎す」。伝に「舎は除くなり」。又釈すなり。『詩・小雅』に「其の馳を失わず、矢を舎すること破るが如し」。又『大雅』に「矢を舎して既に均し」。箋に「舎の言は釈なり」。又中也。『礼記・射義』に「射とは言うところの繹なり、或いは舎とも曰う」。疏に「舎は中なり」。又舎匿。『前漢書・淮南王伝』に「舎匿する者は、論ずるに皆法有り」。注に「謂わく容止蔵隠するなり」。又赦と通ず。『前漢書・朱博伝』に「奸を以て君に事え、常にかつ舎せず」。又『集韻』『韻会』『正韻』に始野切、音は捨。止息す、廃す、置く也。『論語』に「昼夜を舎せず」。『書経・湯誓』に「我が穡事を舎て、夏正を割く」。『釈文』に「舎、音は捨、廃なり」。『左伝・昭公四年』に「杜泄をして路を舎せしむ」。注に「舎は置くなり」。『釈文』に「舎、音は捨」。又『五音集韻』に悉姐切、音は写。『揚子・方言』に「発挩して車を舎す」。又『集韻』に始只切、『正韻』に施只切。釈と同じ。『周礼・春官・大胥』に「春入学し、采を舎して舞を合す」。注に「舎は即ち釈なり。采は菜と読む。始めて学に入るに、必ず菜を釈して先師を礼す」。『釈文』に「舎は音釈」。『管子・五輔篇』に「是故上必ず寛裕にして、解舎有り」。注に「解は放つなり。舎は免るるなり」。『釈文』に「舎は釈と同じ」。又『韻補』に舂遇切に叶い、音は戍。『屈原・離騒』に「余固に謇謇の患為るを知る兮、忍びて而も舎す能わざる也。九天を指して以て正と為す兮、夫惟霊修の故也」。又始賀切に叶う。『白居易・陶淵明体に効う詩』に「所以陰雨中、旬を経ても舎に出ず。始めて独住の人を悟り、心安ければ時も亦過ぐ」。考証:『書経・湯誓』に「我が穡事を舎て、夏正を割く」。謹んで原文に照らし「夏正」を「正夏」に改正す。