【丑集上】【口部】咳;康煕筆画:9;頁碼:187 頁 10 行。古文に「孩」に作る。『唐韻』戸来切、『集韻』『正韻』何开切、音は頦(がい)。『説文』に「小児の笑うなり」とあり。『史記・扁鵲伝』に「曾て以って咳嬰の児に告ぐべからず」とある。注に「咳嬰とは、嬰児初めて笑うことを知るを言う」という。また『礼記・内則』に「父、子の右手を執り、咳して之に名づく」とあり。疏に「一手をもって子の右手を執り、一手をもって子の咳(あご)を支えて之に名づくるを謂う」という。『集韻』に或いは「

」に作るとあり。また『集韻』に柯开切、音は該(がい)。『史記・倉公伝』に「其の脈書上下経、五色診・奇咳術を受ける」とあり。注に「奇咳とは、奇秘にして非常の術なるを言う」という。『集解』に「奇は音羈(き)、咳は音該(がい)」とある。按ずるに、『前漢書・芸文志』に「五音奇胲用兵二十六巻」あり、『淮南子・兵略訓』に「徳奇賌の数」あり、『広韻』に「奇侅」に作り、また「奇赅」にも作る。咳・胲・賌・侅・赅の五字は皆通ず。また「該」と同じ。『晏子春秋・外篇』に「頸尾天地に咳(つなが)り、しかれども漻漻として六翮の在る所を知らず」とあり。また『玉篇』に苦代切、音は慨(がい)。『礼記・内則』に「哕・噫・嚏・咳を敢えてせず」とあり。『釈文』に「咳、苦愛反」という。『荘子・漁父篇』に「幸いに咳唾の音を聞く」とあり。『前漢書・宣元六王伝』に「大王誠に咳唾を賜わば」とあり。『正韻』に「謦欬」もまた「咳」に作る。考証:『史記・扁鵲伝』の「曾て以って咳嬰の児に告ぐべからず終日」について。謹んで按ずるに、「終日」の二字は下文に属し、「扁鵲天を仰いで嘆じて曰く」は義の上句に連ならず。謹んでこれを省く。『史記・倉公伝』の「其の脈書上下経、五色診・奇咳」について。謹んで按ずるに、原文は「奇咳術」の三字連読にて、「術」の字は省くべからず。謹んで「咳」の下に「術」の字を増す。『釈文』の「奇は音羈、咳は音該」について。謹んで原書の釈文に照らし、「集解」に改む。