康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 796 ページ)
【午集中】【皿部】監。康煕筆画 14、796 ページ。古文は譼。『唐韻』『正韻』古銜切、『集韻』『韻会』居銜切、減の平声。『説文』に「下を臨む」とあり。『徐曰』に「安らかにして下に臨み、之を監ずるなり」とある。『揚子・方言』に「察するなり」。『広韻』に「領するなり」。『詩・小雅』に「何を用いて監せざるや」。『箋』に「なんじ職に在りて、なぜ監察せざるや」とある。『礼記・王制』に「天子その大夫をして三監となし、方伯の国に監ぜしむ」。『注』に「方伯を輔佐し、諸侯を統領して、監臨し督察せしむるなり。上の監は去声、下の監は平声」とある。『周礼・天官・大宰の職』に「邦国その監を立てる」。『注』に「公侯伯子男を謂い、各々一国を監ず」とある。『荘子・天運篇』に「下土に監臨すれば、天下これを戴く。これ上皇と謂う」とまたあり。また『韻府』に「摂するなり」。『左伝・閔公二年』に「君行けばすなわち守り、守りを監国と曰う」とまたあり。また『韻会小補』に「観るなり」。『魯語』に「世に長く監ず」。また監寐は寤寐のごとし。『後漢書・桓帝紀』に「監寐して寤歎す」。『注』に「寝すと雖も寐せずと言う」とある。また雲気日に臨むをいう。『周礼・春官』に「眂祲十煇の法を掌り、四に監と曰う」。『疏』に「赤き雲気日旁に在り、冠珥のごときを謂う。珥はすなわち耳なり」とある。また星名。『史記・天官書』に「歳陰寅に在り、歳星丑に居り、正月晨に東方に出づるを監徳と名づく」とまたあり。また『唐韻』格忏切、『集韻』『韻会』居忏切、『正韻』古陷切、減の去声。義同じ。また『爾雅・釈詁』に「視るなり」。『書・太甲』に「天その徳を監みて、用いて大命を集む」。『詩・大雅』に「四方を監観し、民の莫を求む」とまたあり。また官名。『史記・五帝本紀』に「黄帝左右の監を置く」とまたあり。また『唐書・百官志』に「官寺の別、寺と曰い、監と曰う」とまたあり。また『韻会』に「牧苑および塩鉄の官の治むる所、皆監と曰う」とまたあり。また宦寺も亦た監と曰う。『史記・秦本紀』に「衛鞅景監によりて孝公に謁せんことを求む」。『注』に「監は奄人なり」とある。また姓。『風俗通』に「衛の康叔連属の監となり、其の後氏と為る」とあり。『史記・田斉世家』に「監止斉公の相と為る」。『注』に「監は一作闞」とある。また『韻会』に通じて鑑・鑒に作る。『書・酒誥』に「人は水に監みるべからず、当に民に監みるべし」。『班倢伃・自傷賦』に「女図して鏡をもって監ず」とある。また監監は、金の監にして明察なるがごとし。『霊枢経』に「陽明の上に監監然たり」とまたあり。また『集韻』苦濫切、音闞。地名、東平郡に在り。『史記・封禅書』に「蚩尤東平陸の監郷に在り、斉の西境なり」。『注』に「監、音闞」とある。また『前漢書・韋孟諫詩』に「我が王いかんぞ、曾て斯れ覧ざらんや。黄髪近づかず、胡ぞ時に監ぜざるや」。監は覧に叶う。覧は音濫。また古嫌切に叶い、音兼。『韓愈・子産頌』に「周の興るに在りて、老を養い言を乞う。其の已に衰うるに及びて、謗る者をして監ぜしむ」。『六書正訛』に「臨より省みて声とし、兼意に従う。血に従う者は、と同じ義なり。古者血を歃してと為し、其の辞を書して曰く『明神これ監ず』。故にと監は皆血に従い、会意なり」とある。考証:『左伝・閔公二年』「君行けばすなわち守り有り、守りを監国と曰う」は、謹んで原文に照らし有の字を省く。『史記・天官書』「歳陰寅に在り、歳星丑に居り、正月辰に東方に出づるを監徳と名づく」は、謹んで原文に照らし辰出を晨出に改む。